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2002年公演の目次

2002年公演の目次

2002/04/30 いよいよ新生ラ・マンチャ
2002/05/01 意味不明の感動
2002/05/02 自身のための即興劇(ネタバレ)
2002/05/03 伝えられない感動
2002/05/04 事実は真実の敵(ネタバレ)
2002/05/05 ミュージカルを初めて見た友人
2002/05/06 友人たちの優しい声
2002/05/07 博多座は気に入った
2002/05/08 ラ・マンチャ?モーツァルト!?
2002/05/09 競争はダメダメ
2002/05/10 紀保アントニア
2002/05/11 ただいま船中です。
2002/05/12 950回記念公演!
2002/05/13 950回目に行く!
2002/05/15 (^0^)/~ 思いっきり手を振る
2002/05/19 ミュージカルの発声
2002/05/24 まっつんのアルドンサ好きだよ
2002/05/28 博多座のアル丼、本日終了!
2002/05/29 しばらくボーっと
2002/06/23 喉の調子

2002/07/07 再稽古開始
2002/07/13 顔寄せ
2002/07/18 毎日、雨
2002/07/22 エールを送ってるつもり(^^;
2002/07/25 長~い道のりなんだろうなあ

2002/08/04 帝国劇場
2002/08/20 ラ・マンチャの男の夢
2002/08/21 観つづけます「最後の女」
2002/08/23 本当の自分って?
2002/08/25 25歳のアルドンサ
2002/08/28 カラスコ博士の夢
2002/08/29 新生「ラ・マンチャの男」もラスト1!
2002/08/30 千秋楽は笑顔で終了!
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千秋楽は笑顔で終了!

紀保ちゃん、本当にニコニコでしたね。かわいかった(^^)
松さんも、大役を終えて、笑顔でしたね。

松さん、キャスト&スタッフのみなさん。
本当に「ラ・マンチャの男」お疲れ様でした。松さん、大役ご苦労様でした。
共演者の方々とよい信頼関係ができてるんだろうなと思える舞台でした。
3年後の再演が、本当に楽しみです。

私にとっての「ラ・マンチャの男」は
博多座初日は、涙とともに感動し、帝劇千秋楽は笑顔とともに感動した。
私も、この4ヶ月で変わったんだと思います。

お会いできたみなさん、楽しかったです。
私、そんなに一人でいっぱいしゃべってないよね?
はじめてお会いした方々、勝手にコンビにしないでくださいネ(笑)

新生「ラ・マンチャの男」もラスト1!

今は京都におります。
本日、ラマンチャ行かれたみなさん、お疲れ様でしたぁ。
松さん、がんばってるみたいですね。
博多座のときは、後半は喉のことが心配でしたが、
帝劇はそういう話を聞くこともなく(あんまり行けなかったので実際は?ですが)、
明日も万全の松アルドンサが観られそうで、うれしいです。

まっつんは、とっくに寝てるだろうなあ。
全部終わったあとの楽屋の片付けってやっぱり当日するんですかねえ。
まっつんのことだから、楽屋に着くなり片付けはじめてたりして・・・
それはないか(^^;
ではでは、私も、明日に備えてもう寝ます。

ちなみに、私、明日、見に行きますが。
茶色のパンツに、たぶん赤っぽいチェックのシャツ着てます。
これじゃあ、きっとわかんないでしょうね。。。
まあ、もしわかったら声をおかけください。

では、「ラ・マンチャの男」のスタッフ&キャストのみなさん!
明日も最高の舞台を期待してま~す♪

カラスコ博士の夢

人って結構、無理やり理由をつけて
自分のやってることを正当化し、納得させようとする
そんなところがあると思います。

カラスコ博士の夢って何ですか?
アルドンサは本当の自分をみつめたことがなかった。
だから、やっとドルシネアとしてスタートをしたばかり。
でも、カラスコ博士はアルドンサと違って、
本当の自分をみつめたことがあるんだと思う。
周りの環境に惑わされない自分。
でも、そのとき見つめた自分の中に
「良心の声」を見出せなかったんじゃないでしょうか。

カラスコ博士は、現実を生きていく上で、
本当の自分「良心の声」に従うことは困難だと悟った。

私、今の日本人って目指すべき「道」「生き方」を
もてない人が増えてるのではと思うんですよ。
ヨーロッパやアメリカには「キリスト教」という
宗教的規範がなんだかんだいってもある。
アラブ・イスラム世界にしても「イスラム教」が「道」を示してくれる。
今の日本には「騎士道」に匹敵するような「道」がない。

カラスコ博士も本当は唄いたいんだよ。でも唄えないんだ。

カラスコ博士は、夢をあきらめたというより、
夢を見出せないんじゃないのかなあ。

私がそうだから、そう思うのでしょうが、
やらなければいけないことは多々あり、
その価値を見出すこともできるけれど、
ちょっと極端ではありますが、
「しょせん、この世は・・・
ゴミの山で人間はその上をはいずりまわる蛆虫・・・」
という気分をずっと持ちつづけていて、
夢を情熱的に語れるような人間にはなれないのです。

アルドンサは、こう思っていてもドルシネアであろうとした。
カラスコ博士は・・・
ドン・キホーテにもドルシネアにもなれない。

私はだから、全エネルギーをそこに注ぎ込んでしまうような
松さんのパワーが羨ましくて仕方がないのです。

25歳のアルドンサ

カラスコ博士は、とくに福井カラスコになってから、
「あるがままの人生に折り合いをつけてしまって」る人
ではないように見えます。
仕方が無くて折り合いをつけてるんじゃなくて、
現実だけを見ようとしている。
現実を生きるのに、「夢=理想」は邪魔って感じかなあ。
なんですが、この件は、もうご飯の時間なのでまた今度!

言いたいのは、やっぱりたかアルドンサのことでして、
たかアルドンサは、あばずれではないけれど、
自分はあばずれだと思い込んでる感じ。
『等身大』っていう言葉で思ったのですが、
たかアルドンサは25歳のアルドンサなんだから、
『等身大』であれでいいんじゃないかって。
25才のアルドンサなら、すごく自然のような気がします。
鳳さんや上月さんがやってたアルドンサっていくつなんだろう?
原作の設定はいくつなんでしょうね。
・・・わたくし、まっつんファンだから、
松さまには甘いのでした(^^;

本当の自分って?

前半のアルドンサはまあ、あんなもんなんですけど、
後半のアルドンサはすごいです。アブダクション以降がすごい。

アルドンサはアブダクションの後、自分でドンキホーテのもとに戻ってきます。
「これでも、まだ私のことをドルシネアって言うのか!」ってドンキホーテに言うために。
それで、ドンキホーテは鏡の騎士に負けちゃう。
ドンキホーテが負けたのを知りながら、なんでアルドンサはドルシネアになれたんだろう?

「これが私だ!」「これが私、本当の私を見て!」って叫んでるうちに
「本当の私って何?」って気づいたのかも知れないね。
「本当の私は○○だ!」って言おうとしたとき、出てきた言葉は、
環境や外見のことだった。。。
じゃあ、環境や外見に惑わされない「本当の私って?」
彼女は、ドンキホーテに向かって、自分の本当の姿を語ろうとして、
真の「本当の自分」に気づいたんでしょうね。

だから、ドンキホーテを目覚めさせるために
ドルシネアになって、戻ってこれた。

観つづけます「最後の女」

すっかり、ドン・キホーテそのものの幸四郎さんはおいておいて、
松さんのアルドンサ、いいですよね~。私は好きです。
松さんってイメージとしては、やっぱりドルシネアなんですよね。
でも、アルドンサも本当はドルシネア!
アルドンサは仮面をつけた姿であって、中身は本当はドルシネア!
もちろん、松さんの演じるアルドンサにもちゃんと仮面はついてます。
でも、その仮面の厚みが人生経験なのかな。

あまりに薄い仮面だと、後半にドルシネアに劇的に変わるときの感動が薄くなるし
かといって、あまりにも厚い仮面だと、なぜ変わることができたのか納得ができなくなる。
幸四郎ドン・キホーテの「最後の女」となるであろう松さんは、
必ずや、次回には、違う仮面をつけたアルドンサを見せてくれると思います。

幸四郎さんが33年間の1000回の月日でドン・キホーテとともに成長し、
あるべき姿を追い求め続けてきたように、
高麗屋の血を受け継ぐ松さんもアルドンサとともに成長してくれるはず。
だから、私は、これからも「ラ・マンチャの男」を観つづけます。

ラ・マンチャの男の夢

ラ・マンチャの男「ドン・キホーテ」の夢って何だろう?
ドンキホーテは騎士道を復活させたかった、
というか「騎士であること」を夢みていた。
騎士道のことは、よくわからないけれど、劇の途中でいろいろと
騎士とはこうあるべきと、彼は教えてくれる。

ドン・キホーテの夢はセルバンテスの夢!
デール・ワッサーマンの夢じゃない。
セルバンテスの時代には、騎士道を復興させることは、
セルバンテスにとって意味があったのかも知れない。
それは、わからない。
でも、ドン・キホーテが「騎士の道」を説きたかったのなら・・・

ドン・キホーテが唄う「見果てぬ夢」に「胸に哀しみを秘めて・・・」とある。
哀しみは、自分の夢が叶わないことの哀しみではなくて、
アルドンサへ、ラバ追いたちへ、ムーア人たちへ、
すべての人たちに向けられた哀しみなんじゃないだろうか。

一緒に観た友人が言っていた。
ドン・キホーテは自分がアロンソ・キハーナであることをわかっているけど、
わざとドン・キホーテを演じているんじゃないかって。
私は、もっと単純にドン・キホーテの時はドン・キホーテだと思っていたけれど、
そうかも知れない。
ドン・キホーテがアロンソ・キハーナであることは紛れもない事実だから。

だから思った。見果てぬ夢の哀しみは哀れみ。
「道」に目覚めなさいっていう哀れみ。
「汚れ果てし この世から 正しきを救うために」
アロンソ・キハーナはドン・キホーテになる決意をしたのかも知れない。

もちろん、ドン・キホーテの夢がなんであれ、
囚人たちは、何があっても夢に立ち向かうドン・キホーテの姿に勇気をもらう。
「夢」を忘れるなっていうのは、「自分の心」を忘れるなってこと。
「自らの進むべき道を進め」
「自分の良心の声のみを恐れ、それに従って生きよ!」
(この良心の声の象徴がドルシネア? アルドンサにとっての自分の心はドルシネア)

ドン・キホーテはラバ追いたちを傷つけるけど、ケガの手当てもしようとする。
その結果は、アルドンサを傷つける。
それでもアルドンサはドルシネアになって戻ってきた。
ドン・キホーテが正しいと思えたから?

ドン・キホーテは
「今の自分じゃなくて、将来の(あるべき姿の)自分を愛せ!」と言った。
将来の自分は誰にでもある。それを忘れないでいよう。
「道」は、ほんとうに果てしなく遠いんだろうと思う。

posted at 2002/08/20 19:26 | マツタコ管理人 |
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帝国劇場

帝国劇場って、すごく広くて威厳がある劇場なんですね。
博多座は縦には長かったから3階だと見下ろす感じで、
ただし、1階の奥までが狭かったから、
1階の後でもそんなに遠くなかったと思うけど、
劇場によって、見せ方を変えたりするんでしょうか?
どの席のお客さんも満足させるのってむずかしいんでしょうね。
帝国劇場での「ラ・マンチャの男」の観劇が本当に楽しみです。

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