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お疲れさま(^^)

松さんは、1回集中して観て欲しいようなことを言ってましたね。
それは、ある意味正しいのかも知れません。
私は結果的には複数回観劇しましたが、私が最初に作品から感じて、
その後、いろいろと考えたことは最後まで変わらなかったから。
でも、複数回の観劇も作品の成長(松さんの成長も)を感じれることと、
違ったポジションから違った空間が観れることなど良い点が多々あります。
でも、連続観劇というのは集中力という面から見ると良し悪しだと
今回はじめて思いました。まあ、楽は祭みたいなものだから、
そこにいれた私は幸せだと感じていますが。
でも、ただ1回だけ観るのなら、楽でないほうがいいような気がします。
あーでも、作品によるかも。ということは、
ベストな観劇ができるかってのは、結局、運まかせですね。

たか子ちゃん、お疲れ様って声をかけそびれたので、ココで言っておきますね。
長い長い「オイル」の公演、本当にお疲れ様でした(^^)
最初は実はかなり辛口に観てました。でも最後は感服いたしました。

ところで、反省とかってやっぱちゃんとするんですか?
それとも、終わったらきれいさっぱり忘れておしまいなのかな?
まあ、どっちでもいいと思うけどね。やること自体で絶対に身になってるから。
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みることのできなかった戦後の夢

大阪で、もうすぐ閉鎖される近鉄劇場で、
14日のマチネと15日の千穐楽を観てきました。
作品から私が受け取ったメッセージは今までと変わりませんでした。
ですが、今回たまたま14日が前方のセンター席、
15日が最後列だったので、
その作品から受け取る印象のあまりの違いに驚きました。

14日は久しぶりに観たせいもあり、松さん演じる富士の熱い言葉に
本当に身を振るわせられ、その迫力にラストは涙が止まらなかったです。
素晴らしいお芝居を見せてもらいました。
熱が沸点に達してて、演技うんぬんよりもその熱にやられました。

「オイル」。みることのできなかった「戦後の夢」の話。
アメリカの自由を夢見た人々はその夢を一発の爆弾で奪われ、
その夢の中に生きる死んでしまった人々と夢の中でともに生きる富士。
生きていたかった人たちの思いが
その身体のすべてから伝わってきたように思いました。

そして、私が勝手に松さんの課題だと思ってる笑わせるシーン。
これまで観たときには、どう贔屓目にみても笑えなかった(^^;
でも14日は良かった(^^)v「成長する松たか子」
これが見れるから、始まった頃と楽近くの2回は観たくなるのです。

でも15日は・・・
全体的にどのキャストもセリフを段取りで流してるように感じました。
芝居の間(ま)も、14日の方がはるかに良いように感じました。
これは松さんよりも他のキャストを見て感じたのですが、
オーバーすぎるところや逆にさらっとしすぎてるなど、
なんか、全体的にごちゃごちゃした感じで、
実は、今回の舞台ではじめて途中で退屈に感じました。
それが座席が遠くて、表情がよく見えず、
集中力を欠いてしまったからなのか、
それとも私の観劇が2日連続の2日目だったため、
次のセリフが私に先にわかってしまっていたために集中力を欠いたのか、
実際のところは、何が原因かはよくわかりません。
ただ、最後のシーンの松さんは両日とも変わらず素晴らしかったので、
座席の違いと連続観劇のせいという個人的な理由なのでしょうね。

ただ、上の方から全体を観ることができた15日の席は、
舞台全体を人が動き回る様子がよく見え、
さらに照明の効果がよりダイレクトに伝わり、
舞台が非常にダイナミックに観えました。
これは前方で観るときには得られないものです。
だから、やっぱり色々な席から観たいなとも思ってしまうのです。

時間の概念

一人の人間の「生」の長さは短い。
でも、未来はいくつもの人の死を超えてずっと続いていく。
「オイル」になるぐらい長い年月が私たち以前に蓄積され、
「オイル」になるぐらい長い年月が私たち以降に続く。
「オイル」は「老いる」
今の私たちの選択の結果は、未来へとつづいていく。
それが時間。

時間の概念というのは、未来を意識することであり、
その先に待つ「死」を意識することであり、
翻って「限られた生をどう生きるか」を意識することでもあります。

神が世界をつくられて、最後にアダムとイブをおつくりになった。
そして、知恵の実を食べた二人は、死のある世界、時間のある世界、
この世へと追放された。あの世とこの世の違いは「死」があるかないかです。
時間のある世界というのは、「死」に意味がある世界です。

「時間の概念」のない古代人のように、
自分が「いま」ここに生きていることだけを認識し、
「過去」も「未来」も忘れてしまえば、復讐心は芽生えない。

「時間の概念」の欠如は・・・
自分の「生」も「死」も無意味なものとすることにつながる。
もし、この世に生きること、「生」に意味があるのなら、
自分の「生」にだけ意味があり、他者の「生」には意味がない。
それはおかしいでしょう。

自分以外の人間の死。
それが愛するものの死であった場合、
人はその死をもたらした者に「復讐心」を抱く。
でも、知らない人の死であった場合、「復讐心」は起こらない。
では、「復讐心」を起こさないためには、愛も尊敬もないほうがいいのか。
他者に対して無関心であるほうがいいのか。

他者の痛みに対する想像力の欠如。それが問題。

他者の痛みを分かち合うことができるのが愛だと思います。
自分の痛みをわかってもらう(愛をもらう)こと、
他人の痛みをわかってあげる(愛を与える)こと、
両方とも大事にしたい。

他者の「生」を尊重すること。
その当たり前のことができないことが戦争の要因の一つ。
争いはどこにでもあるけれど、
武力によらない解決方法はあるはず。
他者の「生」を尊重することさえできれば。。。

ただ、無関心には、まだ救いがあるような気がしますね。
本当に悲しむべきは「あきらめ」。

悲しくて苦しいラストシーン

たか子さん、26才のお誕生日だね、おめでとう(^^)
たまには、何週間か今とはまったく違う時の流れの中に身をおいて
熟成して欲しいなあと。松たか子さんは忙しすぎます。
松さんにしかないその才能、大切にしてくださいね。

さっき、友人から来たメールにオイルの感想が書いてありました。
私の周り限定ですが、かなり評判よいですね。オイル in OSAKA。
私の頭はまたまた富士さん一色です。

やっぱり、ラストシーンの富士さんが最高に悲しくて苦しい。
もう観劇は2週間も前なのに、
いまだに、あのシーンを思い起こすと、苦しくなります。
「あなたのことなのよ」そう私のことかも知れない。
でも、私には想像すらできない。
「復讐は愚かなこと?」富士は復讐が愚かで、
また同じ悲しみと苦しみを生むことを知っている。
「恨みは、簡単に消えるものなの?」
生きている人は何時か忘れてしまうことも知っている。
天国がこの世にないことも、
きっと、神様は答えを教えてはくれないことも知っている。
でも、だから、助けて欲しい。神様に。
最後の叫び声が耳に焼き付いてます。

もうすぐ千穐楽だね。また観に行きます。
富士が何を私たちに伝えたいのか、それを感じに行きます。
松たか子だからこそ伝えられる富士のメッセージを感じに行きますね。

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