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進化&深化する舞台

役者の好みは、見た目と声質に対する好みが大きいよね。
自分が役に描くイメージにそれがあってると強い。
これは、そうそう変わらない。
だから「ニン」じゃないって言葉も出てくる。
勝手に役のイメージを観客が形作ってしまうのは、もったいない見方だと思うけど、とくに再演物の場合は、自分のイメージするものを観に来たっていうことがあるので、それに合わないと不満につながるだろうなあ。

でも、歌とか演技とかは進化&深化するじゃないですか。
だから、何回も観に行ってしまうというバカをしちゃうわけですが。
私なんて、初日はじまった頃から、千穐楽を楽しみにしてるし(^^;

8月に観たころと、今じゃ、桁違いによくなってるから、
余計に、まだまだ期待しちゃうんだよね。
もちろん、疲れてきてるかなってときもあるけどね。
それに、何度も観ると、こっちの観方も深まるから余計に感動するし。
だから、歌とか演技への評価は進化&深化の可能性を
私の場合は、含んでしまいます。

でも、多くの人は1回観劇なんだよね。
だから、そのときの出来がすべて。
まだ、初日だからっていう言い訳はきかないわな。

さあ、半分来たぞ! 
残り半分、さらなるステップアップを期待してます。
なんせ、2005年のラ・マンチャは
もう「若さ」とか「新しい刺激」では乗り切れませんからネ。
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誰かのために生きる(サイゴンねたばれ)

松キムはなんとかしてでもタムとアメリカに行く気がする。
自殺しそうにない。こういう声を耳にします。

確かに、女優松たか子の持つ希望の灯が消えないところ、
それは、絶望とは対極にある。

でも、松キムは絶望して死んだのではないと思うのです。
自分の希望の灯をタムに託して、ある意味、幸せに死んだ。
理解されにくいのかも知れないけれど、
自分の死がタムを幸せにすることを信じて死んだのだと思ってます。

「おはつ」も心中する話だったけど、私は「どう生きたか」って話だと思った。
それと、あんまり変わらない気がするんです。
キムは、タムに未来をあげることで、自分の人生を生ききった。
その方法が、なぜ自殺なのかは、今までに何べんも書いたけど。
生きる必要がなくなったからだと思う。
誤解されるかも知れないなあ・・・・
一般的に死ぬ理由には、「生きていることが苦痛だから」が
もちろんあると思うけど、生きていることがどれだけ辛くても、
生きてきたのは、タムを幸せにしたいから。誰かのために生きる。

タムを信じるクリスに託して、もう生きている必要がなくなった。
トゥイを殺してからは、自分のために生きることは
考えなくなってたんじゃないかな。意識してたわけじゃないと思うけど。

逆にね、生きていることに何の意味も見出せなくても、
死ぬこともできないから生きるっていうのもあると思うんだよね。
それほど、生きることが辛くない国に生きているときには。
そうするとね、生きることの意味が軽い。
私、最近の安易な殺人は、人の命をすごく軽くみている殺人は、
生きていることに意味を見出せない、喜びを見出せない人たちが
自分の命も軽んじている人たちが、起こしているような気がする。
もちろん、いろいろだとは思うけどね。

そう思うと、キムには愛するタム守るべきタムがいて良かったなあ。
クリスを信じることができて良かったなあって思える。
おかしな感想だよね、たぶん。

キムとクリスはラブラブ(サイゴンねたばれ)

別所さん、復帰おめでとう!
って最初に言わなけりゃいけないんだろうけど・・・
だって、たかちゃんたら、自分の持ってた投げる用のお花、
別所さんにあげちゃうんだよ。
なんか、すごくたかちゃんらしい気がした。
まあ、ファンたちはがっかりしたかも知れないけど、
私は、たかちゃんがそうしたいと思ったんなら、
たかちゃんから別所さんに渡って、客席へと投げられたお花。
受け取ってみたかったかな。倍の思いがこもってるもの。

さて、つまり、本日、別所さんの復帰公演観て来ました。
でも、ゴメン! 別所さん。
今日の公演は、私にとってキム・クリス・エレン・トゥイ
この4人以外は、ほとんど目に入らない感じでした。
それぐらいに、キムとクリスの関係、キムとトゥイの関係
キムとエレンの関係が、感動的だった。

ちょっと前までは、歌がどうのこうのと文句をつけがちな
わたくしでしたが、ハッキリ言って、歌が少々変であろうが
まったくどうでもいい感じで、感情のこもった芝居に
撃たれっぱなしでした。
芝居がね、さらっとじゃなくってトロっとした感じに思いました。
ここでいってる芝居ってのは、もちろん歌での表現含めてですよ。

しっかし、キムとクリスはらぶらぶじゃん。
(らぶらぶって言葉は死語らしい・・・某人に指摘されました)
傷をなめあうかのような二人に、悲惨な状況の中で愛を確かめあう二人に
サクソフォンの唄のとき、あの幸せな歌のときに私は涙を流してました。
でもって、トゥイも哀しみをたたえながらキムに惚れてるし。
(泉見トゥイについての前の日記の記述は変更しなきゃね)
エレンは、キムのクリスへの愛、タムへの愛に混乱してるし。

クリスはキムもエレンも二人とも愛していたんだね。
今日のクリスはタムを必ず幸せにしてくれるネ!
だから、不思議とラスト、キムがタムを託すところに
安心感が漂い、そんなキムへのキスに説得力がありました。
結局、クリスはキムを救い出せなかったけど、
タムを愛し、救うことで、
キムを救い出せなかった苦しみを超えていくと思う。
今日のキムは、クリスとタムに愛と命をあげられて
幸せだったかも知れない。

まだ夢をみられたキム(サイゴンねたばれ)

私ね、ドリームランドのシーンはもっとよくなると思う。
キムは17才とか、年齢って関係ないと思う。
キムは、知らない間に婚約していて、
住んでいた村が焼けて、家が吹き飛ばされて、
炎に家族を焼かれて、顔のない親の死体を見た

そのときのキムの気持ちは私にはどうにも想像できない。
言葉で表すこともできない。
唖然としたのか、悲しかったのか、怒りが湧いてきたのか、
それとも、それとも、もう、慣れていたのか・・・

とにかくキムは生き残るためにサイゴンに来た。
自分のためにいてくれる誰かを心の底から望みながら。

♪17歳ではじめて、店に出るのよ、今日から、
・・・・
だけど、夢があるのよ。果てない夢が♪

ここで、夢があると歌いきってるように、
私は、キムははじめて店に出たときから、
夢を持って生きていこうとしていたんだと思う。
このときのキムには、誰も手を差し伸べてくれない。
手を差し伸べたエンジニアは、自分のため。
当然、お互いにそんなことはわかっている。
一人、孤独の淵にいるキム。誰も頼る人はない。

♪泣かない、考えない
抱かれて寝ようと、あたしはあげない
固く瞳を閉じている♪

キムは、覚悟を決めている。
夢のため、生きるため、
心は閉ざしたままで、身をゆだねる
だけど、自分に言い聞かせる。
泣きたいけれど、泣かない。泣かない。
考えれば辛くなるから、考えない。考えない。

♪・・・私のため、命賭けて、戦う人
私の夢、壊さないで・・・
映画のように、見せてよ夢♪

「君はこんなところにいてはいけない」
孤独で心を閉ざしたキムに同情の言葉をかけたクリス
クリスが放ったこの言葉は、キムのためというより、
半分以上は、自分のためだったろう。だけど、
キムにとっては、「自分を気にかけてくれた言葉」。

孤独の淵から救い、キムのために放たれた言葉

ジジたちとキムの違いは大きい。
おそらく、店にすでに何年かいたジジたちは、

♪あいつら口ばかり・・・映画は夢♪
♪金ならくれる・・・心はくれない♪

夢は現実ではなく、現実に自分を救ってくれる王子様が
現れるとは、もはや思えなくなっていたと思う。
GIたちは、サイゴンを逃れる、現実を逃れる道具と
みなすようになっていたと思う。
キムは、はじめての夜に、クリスの言葉を聞いた。
彼女は、まだ夢をみられた。

私は、悲惨な状況の中で夢を見られたキムは
たかちゃんにぴったりな役だと思うよ。

地元の新聞の読者の広場

私は、最近、この欄を読むのがかなり好きです。
たぶん、この欄を好きで読んでる人はかなりいると思うのですが、
なぜ読むのが好きかというと、

うちの町は、「坂の上の雲のまちづくり」をしているんですが、
この読者欄には、それについて反対する声や、こうしたらどうか
というような意見が、結構市民から出されるんです。
これは、どこの新聞でもあるとは思うのですが、

私がすごいなと思ったのは、市長やまちづくり担当部長が、
その反対意見などに対して、実に真摯に対応した返答を
投稿という形で出してこられるんです。

その姿勢からは、まちづくりへの熱意はもちろんのこと、
まちづくりを市民と一緒にやっていこうという誠実さが
読み取れます。
もちろん、まちづくりへの疑問が次から次へと出てくるのは、
わかりにくい、という側面が確実にあるからなんですけどね。

「坂の上の雲」という小説、心地よい響きを持つ言葉。
当然、作者である司馬遼太郎氏は、ある意図を持って、
伝えたいことをその作品いっぱいに詰めています。
だけど、小説は受け手側によって様々に受け止められるもの。
しかも「坂の上の雲」は作者自身によって映像化を拒まれた作品。
一人一人異なる「坂の上の雲」のイメージを、
共感できる一つのメッセージとして市民が共有できるくらいの
単純明快さへと持っていく。。。。むずかしいね。
おまけに「司馬遼太郎の思い」から決してはずれてはいけないし。

見せられない本当の心

見せられない本当の心は宗蔵ときえのよう。

昨日だったかな。拉致被害者の人のドラマを見た。
親子の愛、言葉にならない心の通い合いが描かれていた。

死んだことになっていた息子が北朝鮮で生きていることがわかった。
母親は、何がなんでも会いたいという思いで、
必死に行動し、国交のない国に会いに行く。

息子には朝鮮人の妻と子どもがいた。
何度、訪問しても息子はなかなか心を開かない。
おかしな国だということはわかったし、息子の様子もおかしかった。
北朝鮮では、常に監視され本音は一切言えない。
本当の心を見せたくても、見せられないのだ。
息子が語る言葉は、北朝鮮はいい国。金日成様のおかげ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
息子を北朝鮮から連れ出すことはできない。
ならば、息子が北朝鮮で生きていくのに困らないように
母もまた、気持ちとは裏腹のの言葉を吐く。
ありったけのお金、身に着けた貴金属をおいてくる。
息子は食うにも困るくらいに貧乏だった。

めぐみさんが拉致されたという新証言がでてきた頃。
母は拉致された息子を取り戻すために、
拉致被害者の会で、精力的に動くようになる。
そして、北朝鮮へは行かなくなった。
息子は労働党の幹部となる。北朝鮮のカードとなったのだ。

息子は、母を愛していた。
しばらく来なくなった母のもとに息子から電話があった。
実際に録音された電話のテープ。その声を聞くだけで泣けてきます。
言いたいことは何ひとつ言えない。
だけど、声がその気持ちを物語ってるのです。

バカといわれようと、母は再び息子のもとへ行く。
労働党の幹部の暮らしはいい。息子にも愛する妻と子どもがいる。
彼は、北朝鮮で生きざるをえない。北朝鮮とはそういう国。
ならば、できるだけ家族がつらい思いをしない生き方を。

拉致問題は終わっていない。数多のごとくいる拉致被害者。
彼らは、今、どこで何を思い、どう生きているんだろう。
そのすべてが救われなければ、拉致問題は本当は終わらない。

だけど、そんなことができるだろうか?

帰ってくることができた人々がいる。家族を取り戻せた人たちがいる。
彼らは北朝鮮を語りはじめた。

拉致問題もなんらかの進展がなければ、
国交正常化はありえない。経済的支援もない。
とすれば、北朝鮮はどうするだろうか?

WOWOWの浪人街

9/23の浪人街の放送みましたよ。ちゃんと。
録画もしました。
でも、最後の大ちゃんばらは,あんましちゃんと観なかった(^^;
いろいろ忙しいもんで。

一対一のちゃんばらは、まあまあちゃんと見ました。
へたくそな殺陣をどう編集してるかなあと気になったもので。。。
効果でごまかしてた感じだったかな。

一幕は結構、お新ちゃんのいいショットを
撮ってくれてて嬉しかったです。
やっぱ、たかちゃんはカッコいいよ。
「あんた」って言い方かなり好き。

まじな話、私、「浪人街」は、
舞台としては好きなスタイルじゃないんです。
私が、舞台の面白さとして求めるものとはかなり違う。
だけど、エンターテイメントというか、ショーを観たと思えば、
間違いなく楽しかったし、カーテンコールではスタンディングで
盛り上がったし、だって楽しまなきゃ損だもん。
それにお新は好き。
でも、舞台としての面白さももっと追求できたハズだと思ってはいます。

ON AIRまでに、何週か「浪人街を斬る!」って
番組やってたんだけど、3パターンぐらい見たかな。
もっと、あったのかもだけど、全部を見たわけじゃないのでわかりません。
その番組は基本的にはニュースとかCMとか、製作発表、稽古風景など
既出の映像のつなぎあわせにナレーションが入る感じ。
ただし、あるバージョンではマキノさんの簡単なインタビュー、
あるバージョンでは、製作発表のときのワダエミさんのコメント、
あるバージョンでは、カーテンコールの様子なんかがありました。

根無し草たち(サイゴンネタバレ)

クリスもまた根無し草だった。
キムに出会った頃のクリスは、アメリカでの居場所を見失い、
虚構のアメリカ、サイゴンの中にも居場所を見つけられずにいた。
そんなクリスが見つけた居場所American Home がエレンだった。
彼は、1年間キムを探したとどこかで言っていたけれど、
ほんとうにそうだろうか?

あの時、キムを救い出すことに失敗したことを
ずっと悩み続けてはいただろう。
だけど、あの状況で探すなんてことは
本当は不可能だったんじゃないだろうか?
キムを連れてくるとわめきながら、何の実行力も持たず、
アメリカにいただけのような気がする。
クリスは間違いなく諦めていたんだよ。
でなければ、エレンと結婚なんてできない。

ジョンはクリスと違い明るい。彼はどの場所もHomeになる人。
意味合いは違うけれども、彼もまた根無し草かも知れない。
どんな状況においても、自分をその場にあわせ、
もっとも自分が精神的に楽に生きられるように
その場の中のどこかに正しさを見つけ出して、
自分の居場所をつくる人。クリスとは対極にある人。
帰国してからのブイドイの運動もそう。
悪い人ではないが、
「引き取るか」「見捨てるか」という冷たい言い方は、
一見、正義のようだけれど、どこか他人事。
もしかしたら、自分がそのような立場になっていたかも
ということに思いいたってないように思える。
おそらく、彼は主義主張がその場、その場にあわせて
変わっていき、そのことに疑問を抱かない・・・
良心的なアメリカ人。

失われる home(サイゴンネタバレ)

私ね、ラストを思い起こして、ちょっとこんな風に思った。
キムはトゥイを撃ったときに、
トゥイと一緒にベトナム人である自分を失ってしまったんだと思う。
サイゴンで、隠れ家に隠れていた3年間は、クリスを待っていた
けれど、ベトナム人である自分もまだ捨ててなかったと思う。
やっぱりね、国を捨てるということには、それ相応の力がいる。

だけど、トゥイの件をきっかけに、キムは自らクリスに会おうとする。
これは、完全にベトナムを捨ててアメリカを取るという意志表示。

そして、エレンの存在によって、
クリス・キム・タムの3人での暮らしが夢幻と消えたとき、
キムには、アメリカも消えてしまった。
エレンに代わることは考えられない。彼女はアメリカそのものだから。

だから、キムの最後の決断。

そのひとつの理由は、
タムを救えるのがクリスだけになり、
確実に連れて行ってもらえる事実をつくるため(話し合いで何とかはならない)・・・

だけれど、もうひとつの理由は、
タムをアメリカに連れて行ってもらえたときに、キムは一人になり、
キムはベトナム人でもアメリカ人でもいられなくなるから。

誰もいなくて、どこにも居場所がない。
そういう状況を想像できますか?

じゃあ、キムは他のアメリカンを探せばいいのか・・・
生きるために・・・それは、ドリームランドでの夢と一緒。

この映画、誰が観る?

山田監督が出ていたクローズアップ現代
自分の言葉で伝えたい ~映画監督 山田洋次~
私も一応、観ました。国谷裕子さん好きなんで。
国谷さんの煽らない感じがとても好きです。
なんとなく観流しちゃったので、山田監督が
何を言ってたのかは、あまり記憶に残ってない。
録画してるから、見直さなきゃな。

「鬼の爪」相当、宣伝に力はいってますね。
でも、実際のところ「たそがれ・・・」が
大ヒットしたのは、中高年層にアピールしたからでしょ。
今回、それを若者版にしたときに、果たして
どこの層をターゲットにしてるのかって
少し疑問に思っちゃうね。
とりあえず、高齢者の割合はほぼ5人に1人となったわけで、
この層に訴えかけるのが山田監督の支持層にも重なってくる気はする。
だけど、監督としては、若者に訴えかけたいんだろうなあ。

マイノリティ・リポート

月曜日は、家で仕事してたのですが、
4時頃からかなあ、ちょっとテレビつけたら、
WOWOWでトム・クルーズの映画をやってて、
近未来っぽいけど、わかりにくいなあと
ながら見をするつもりで、仕事しながら見てたのですが、
終わる頃には、すっかり引き込まれてました。
まあ、字幕だったから、見なきゃわからないってのもあったんだけど、
ながら見のつもりの私を、すっかり作品の世界に連れて行ってしまう。
見終わった感想は、「やっぱり、つくりがすごいなあ」というもの。
本当に緻密につくられている。
ハリウッド映画って金もかかってるからだろうけど、やっぱりすごいわ。
話から目が離せなくなるんだもん。好きなタイプの映画じゃないのに。
あっ、映画のタイトルは途中で「マイノリティ・リポート」って
言葉が出てきたんで、たぶんソレです。

ながら見で思い出したけど、
ドキュメンタリーはながら見できないね。
見るなら見るでないと、整理されているとはいえ、事実の羅列なので、
推測の余地がない。だから、ちゃんと見たら100得られるけど
見流すと、何も得られない。見過ごした部分の情報は0。
ドラマっていうのは、視聴者に推測の余地があるんだよね。
この人誰? 何してるの?を見ながら補完していく。
とくに、今回みたいに途中から見るとそうなる。
ということは、その疑問を興味の湧く範囲内にちりばめていくと
話に引き込まれていくって算段かなあ。
ながら見から知らない間にしっかり見へ。

さて、マイノリティ・リポート=少数報告
どんなものにも例外はあるってことかな?
その少数の例外を救うか、大多数のために踏み潰すか。
最初から見てないのでわからないですが・・・

★ここからネタバレ★
映画は「未来予知システム」が導入されて、そのシステムによって、
未来に自分が犯罪を犯すと予知されてしまったトムが、
なぜそうなるのかを知ろうとして、逃げ回って、そのときを迎え、
それが、陰謀だと知る話。

映画の未来の殺人事件の予知には説得力があるんだけど、
トムは、意思の力で、そのシステムを超えるんだよね。
つまり、予知通りに殺人は行われなかった。

そうするとだよ、彼は例外となり、
システムはつねに正解とは限らなくなる。
ちょっと話がズレるけど、現実問題として、
「テロを未然に防ぐ」として、予防のために、
まだ犯罪を犯していない人を逮捕?するのはおかしいよね。
誰も確実にその人が犯罪を犯すなんて証明できないんだから。
だけど、状況証拠がいっぱいで、本当に怪しいとしたら、
逮捕なりで、拘束してもらわないと安全が保障されないしね。
でも、権限を持つ人間が、自分に都合の悪い人間を簡単に
逮捕できるようになりそうだし。なかなか難しいもんだ。

映画でも、権限を持つ人間がシステムを悪用するんだよね。
システムというのは、結局使うのは人間だから、
その人間がルールから外れる使い方をすれば終わり。
結局は、人間の質が問われるんだよね。
また、書いてたら長くなった(^^;

町内会の班長さん

私、今年度は町内会の○○組の班長さんやってるんですよ。
順番にまわってくるやつね。うちは20戸くらいなんで、
20年に一回しかまわってこないんだけど、
私は大当たりしたわけですね。

で、昨日、今日は秋祭りの寄付金集めとかまわってました。

それも、私がぼけぼけしてたら、
お隣さんが先にお金を持ってきてくれて、
「去年は集めてたよ」って教えてくれたのでした。
お隣さんは、とっても親切なんですよ。ありがたいことだ。

班長さんの仕事は、いつもはね、1日と15日に広報誌を
配ればいいくらいなんだけど、たまに運動会に走る人を集めたり、
面倒な仕事があるんですよね。
でも、私のように一人暮らしだと、
他にご近所の方と接点がないんで、
ありがたいなあとも思ってます。
そうだ、公民館が週に二回くらいしかやってなくて、しかも2時くらいに終わっちゃうってのも驚きだった。物を渡しに行こうと思っても平日の2時じゃ行けやしない。

今日は日曜

昨日は、7・8・9月と3回シリーズの
イベントの最終回だったのですが、
私の担当のところは、想定の1.6倍の人が
来てしまって(いや非常にありがたいんですよ)、
もう、大変でした。
足りない分を買いに走ってもらってる間、
時間つなぎしたりね。

いや、本当にご迷惑をおかけしました。
って、誰も関係者は読んでないけど。

今日は、今から家を出ます。今日は小学校の運動会なんですけど、
とある人にうちの駐車スペースを貸してあげるって言ったから、
車ごと追い出されてきます。
んじゃ、洗濯物を干してから、出かけてきま~す。

そうそう、私、あと10日ほどしたら◎キムに会いに行きます。
もう、スキップ待機中♪です。

トゥイ二つの解釈(サイゴン・ネタバレ)

複数キャストって面白いですね。以下あくまで私見です。

トゥイとキムは従兄妹で、親のいいつけにより、
結婚するのが当たり前な仲だった。
だけど、戦争により村が焼け、一族が失われ、
二人の一族的な関係は消滅、親の縛りも消滅する。
このとき、トゥイがキムと同じ立ち位置にいたら、
二人は助け合って生きて行こうとしただろう。だけど、

「戦争のせい」は、米軍のせいでもベトコンのせいでもある。
武力闘争により、米の傀儡政権である南ベトナム政府を崩壊させる。
ベトコンの民族自立の手段は武力なのである。
もちろん、「ベトコン=悪、米軍=善」というような
アメリカンな発想はしないが、逆でもない。
前にも書いたけど、キムは米軍もベトコンも嫌いだったと思う。
トゥイはベトコン。決して親や自分を守ってくれた人間ではない。
キムたち民衆は、親を殺され、苦しみに堪えるしかないのである。

ただ、ベトコンと言っても、その思想には個人差はもちろんある。
泉見トゥイは、より強くアメリカを嫌い、キムは祖国ベトナムを
裏切った人間だと思っている。祖国の概念を強く持っている気がする。
だから、サイゴン陥落後、キムを探しだそうとするのも、
自分のものであるキムに、アメリカを否定させ、
自分好みに教育しなおすためだと思う。非常に独善的。
だから、アメリカの亡霊タムを殺そうとするのはキムへの愛ゆえではない。
祖国への裏切りに対する怒りだと思う。
そして、もしキムがトゥイと生きようと決心したとしても、
泉見トゥイは、アメリカに自らを売っていたキムを責め続けるだろう。

tekkanトゥイは、生きていく目的を見出そうとしたときに、
南ベトナム解放戦線に参加することが、
これから自分が生きていける道だと、
やや冷静に思ったんじゃないだろうか。
つまり、国のためよりも、自分のため。
tekkanトゥイは、ベトコンであることに心の底で疑問を持っている。
だから、サイゴン陥落後、キムを探しだすのは、
勝利者としての自分を見せるためよりも、キムへの愛ゆえに見える。
キムを探し出した後、兵士たちに責めさせるにも関わらず、
もういいと兵士たちを追い出すシーンは、キムを教育しなおさなければと
思いつつ、キムが虐待されるのを見ているのがつらいキムへの愛を感じる。
だから、「夫がいる」などと非現実的なことを言い切るキムを、
自分の方を決してみてくれないキムを悲しみ、恨む。
彼の言う「国を裏切る気か」「おまえのガキは面汚しだ」は、
ベトナムの現実をキムに理解させようとしているのだと思う。
だけど、キムはタムをクリスの愛の証と考えている。
だから、タムを殺し、キムにクリスを諦めさせようとする。

作品の中では、泉見トゥイが明快で、解釈的には近い気がするけれど・・・
独り善がり的な泉見トゥイよりも、
私は繊細で現実的な愛を持つtekkannトゥイが結構好きです。

さっきも声をかけられた

私は髪を切ると、よく声をかけられます。

ナンパじゃないですよ(微笑)。
「さっぱりしましたね」が一番多いかなあ。
「雰囲気が変わりましたね」も多い。
つまり、すごくいっぱい切るってことね。
だから、誰が見ても一目瞭然なのさ。
でもたぶん、悪くなってたら声をかけないだろうから、

きっと、かわいくなって、若くなったんだろう。
と思ってまつ・・・(そこのあなたひかないように)
もちろん、誰もそんなことは言ってません。
「こっちの方がいい」とは言われるけど。

とっても気持ちよく解釈できる脳天気な私です。
昨日、とある人に「脳天気」といわれたので、
使ってみました。

そして、またずーっと放ったらかしにして、
いくらなんでも、ひどいなあ、と思ったら
切りに行く、そういう、サイクルです。

エンジニアのこと(サイゴンねたばれ)

別所エンジニアは、「何がなんでもアメリカに行ってやる」
って感じがすごくあるし、そのためなら、なんでもする感じ。
アメリカに行って、底辺の生活が待っていたとしても、
絶対に、自分の才覚を信じて這い上がる気がする。

橋本エンジニアは、アメリカは夢、でも夢のままで終わりそうな
アメリカ大好き、アメリカは大の憧れ、でもね夢みすぎてる感じ。
詰めが甘くて、なんだ、アメリカに行ってもダメじゃんか、
とかぶうたれそうな感じがある。
つまり、生い立ちのわりに「お坊ちゃんの甘え」がみえる。

筧さんは、あんまり見てなかったのかなあ、印象にないんだよね。

市村エンジニアは、姑息な生き方をしそうなエンジニア。
そして、掲示板で言ったけど、声に色気があってすごく巧い。
だから初見はすごくよかった。
だけど、それが逆効果で、流れるような芝居なので、
2回目からは、私の心にひっかかってこない感じでした。
それと、「なるぜ!アメリカン」には歳をとりすぎてるかな。
アメリカ人にならなくても、どこでも大丈夫だろう的感じもする。

私、作品の世界からみて一番近いエンジニアは
別所エンジニアなんじゃないかと思ってます。
他の人以上に役の中身がよくわかったから(私にとってね)。

「ここまでやったらいいですか?」

「ここまでやったらいいですか?」
「もう少し調べた方がいいですか?」
こんな質問をされることがある。

本当はもっとした方がいいことがわかっている。
だけど、やめたい。
自分で決めるのではなくて、私に決めさせようとする。

だから、私は言う。
「私は、あなたがしたことをそのまま受け取るだけ」

そう、決めるのは君。その結果を受けとめるのも君。
そこから何かを学ぶのも君。

企業じゃ、そんな悠長なことは言ってられないかな?


こんな日もある

いやはや、ただいまいつもの仕事場におりますが、
本日は朝からちょっとバカなことをしてしまいました。
てっきり、今日が調査の日だと思って○○町の待ち合わせ場所まで、
45分くらいかかって行ったら、誰もいない。よくよく資料をみたら、
明日でした。。。。。。。。
しかも、昨日から用意しときゃいいのに、昨日は昨日でとある会議が
21時頃まであったから、なんか帰ってきたらくたびれちゃって、
用意せずに寝たんですよ。だから、朝起きて、「時間がない」って
あわてて出かけたら、車の中に地図がない。。。。。。。。
大体の位置がわかってたんで、わかりやすい道で行こうと思ったら、
朝なので、むちゃくちゃ混んでて。。。。。。
やっと着いたと思ったら、明日だったという、頭の悪さ。

私のバカ。

まあ、もともと今日はダブルブッキングだったんで、
もうひとつの方に出ることができるんですけどね。

それで、帰りの車の中では松さんの声に癒してもらいながら、しょんぼり戻ってきました。
25分くらいでした。つまり、こっちの道通ったら早いじゃん。
な道を見つけて帰ってきたわけですね。
だから、明日のために役に立ったということでよしとしよう。

昨日の会議も面白かったんで、書きたいところですが、また日を改めて。
では、本日はただいまより始動します。

生きる国を選ぶ自由

生まれた国を選ぶことができないけれど、
私たちは暮らしていく国を選ぶことはできるよな、
と北朝鮮を見ているとよく思う。
国を出て、別天地で生きることを許さないのが、北朝鮮。

国を出たいと思うのは、その国が暮らしにくいから。
多くの人が暮らしたいと思われる国がいい国であって、
多くの人が入りたいと思われる会社がいい会社なのと同じこと。

もし、暮らしにくい国に生まれたならば、
一つの方法は自らが暮らしやすいように国を変えること。
もう一つは、その国を捨てて、暮らしやすい国に行くこと。
どちらの方法を選ぶかはその人の自由のはず。

国を捨てたならば、別の国で永住権を取得したり、帰化したりしなければ、
国籍がなくなってしまう。それをしなければ、不法滞在にもなってしまう。
戦争などによって特定の国から逃げてきた場合は、難民となるわけだけれど。
これも、制限がある。
一番、楽なのは、暮らしたい国の外国人と結婚すること。
(キムとクリスの婚礼の儀式はすごく重い。タムは正真正銘のパスポート。)

日本では今、外国人の地方参政権を認めようとしているみたいだけど、
政治に参加するのは、やっぱりその国を選択した人に与えられる権利だと思う。
その国で住み、政治にも参加したいなら、その国の人になるべきでしょう。
その国の人になる、すなわち帰化したりするのが難しいというのはあると思うけど、
それは、そっちの問題であって、外国人に参政権を与えることで解決する問題じゃない。
そして、帰化が難しいのにも正当な理由がある。

この国で参政権が欲しいなら、自分の国を捨てなさい。私はそう思う。
私たちは恵まれた国に住んでいる。だから、国の重さ大きさを見失っている。

もちろん、やります。

日は、月曜日です。月曜日は、いつもよりメールも電話も多くって、
仕事場に行ってすぐは、メールの対応に追われます。
そのうちの一通で、また新たな会へのお誘いが。。。
荷が重い。すごく勉強しないといけない。でも、間違いなく私のためになる。
一銭にもならない、でも、私の社会的責任としてすべき仕事でもある。
そういう仕事ですね。

もちろん、やります。

松さんも、チャレンジし続けてるから。
って、結局そこに持っていくのかよ(爆)

なんでもかんでも誘いに乗らずに、絞らないといけないと思うけど、
私の知っている先達は、みんな忙しいし、みんな生き生きしてる。
だから、がんばる。私も早く、自分の道を見つけなきゃな。

東京の公園

12日は、11日の余韻を鼻歌にひきずりつつ、
目黒区にある駒場公園(旧前田公爵邸)と
新宿御苑(信州高遠藩主内藤氏の江戸屋敷跡)に行ってきました。
あちこち歩き回っていつも思うのは、
東京は都市型の大きな公園が多いこと。
大きな屋敷跡が多いんだよね。
地方の場合は、お城がその公園の役割を果たしている感じかな。
でも、お城の場合は、うまく市民の憩いの場として
機能していない場合もありますね。山城なんかだと敷居が高いし。
遠足ぐらいでしか行かないということも多々あり。

前田公爵っていうのは、加賀百万石の前田家の人です。
洋館と和館があって、普通はそういう場合は洋館が接客、
和館が日常生活、というのが多いんですが、海外に長くおられた
らしくて、どうも洋館の方に寝室や子ども室などの日常生活空間
もありました。もちろん、洋館にも接客空間はあるんですけど、
和館での外国人の接客もかなりあったようで、和館のつくりが
面白かったです。畳の部屋にシャンデリアなんです。しかも、
壁は土壁じゃなくて、シルクの壁紙。床の間もですよ。

それで、そんなに多くの人は観に来ないので、
洋館の2階の夫婦寝室に置かれていたソファーで
サイゴンの唄を復習しながら、くつろぎました。
和館の方は、庭に面しているので、縁側でくつろぎました。
「他人の前では寝転ばないでください」と張り紙がありました。
くつろげますよ。お近くの方は行ってみられては。
あっそうだ、前庭には水琴窟もあるらしいのですが、チェックし忘れました。今思い出した。残念。

新宿御苑は日曜日だからかな?、人がいっぱいでした。

それから、駒場には下北沢の駅から迷いながら行ったので、本多劇場とかスズナリとかを、こういうところかと思いながら通りすぎました。

松キムの笑顔と鈴のような声にやられました(ネタバレ)

じゃーん。また、カラオケで「命をあげよう」を唄ってきました。ご迷惑をかけたみなさますみませんでした。

今回、わたくし黙っていようと思ってたんですが、4キムを観てきました。
結論。私はやっぱり松さんが好きでした。だからか、キムも松さんのが一番好き。
もちろん、松さんも含めて、それぞれいいところ悪いところがあります。
はっきりわかったのは、私は松さんのやさしい声も強い声も好きなんだということ。
ミュージカルだとよりその好みがよくわかりました。

もうどのシーンも全部好き。
だけど、今日は最後、タムに別れを告げるシーンがツボでした。
松キムはタムに笑顔を残そうとするんです。
タムの見えないところでは、タムと別れる辛さに涙していて(号泣)。
タムに向き合うときには、少し下を向いて、涙をこらえて、
笑顔をつくってから、タムの方を笑顔でみるんです。
もう、その笑顔を見てたら涙があふれてきちゃって(涙涙)、
次のラストシーンを知ってるから泣けてきました。

今日もすばらしい舞台をありがとうございました。
他キャストのことも書きたいんだけど、また今度。

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信じてるから生きてゆく♪(サイゴンのネタバレ)

2幕で二人が引き裂かれる最後の場面、
 ♪ああクリス 今でも信じてる 二人の愛 離れはしない♪

私、この場面は、信じてるというより、信じたいんだと思います。
「私はずっと信じるわ、何があっても信じるクリスを」
と自分に言い聞かせている場面だと思うのです。
前にも書きましたが、ヘリが去ったとき、
信じるといいつつ、夢が終わってしまったという気持ちも
いったんは持ったとも思うんです。ぐらぐらに揺れたと思うんです。
むしろ諦め度合いのほうが強かったと思います。
でも、タムに気づいた。それがすごく大事。

3年間、ずーっと信じ続けていたわけじゃなくて、
揺れ続けた。でも、タムがいた。
だから、信じようとしたし、信じることを続けようとした。
タムがクリスの愛を信じられる証であったのと同時に、
タムを守らなければという気持ち、タムを幸せにしたい気持ちが
キムの中でどんどん増していったと思います。

でも、サイゴン時代には迎えに来てくれることをただ待っていた。
だけど、トゥイを撃ってしまった。
トゥイの件は、タムを守らなければという気持ちをいっそう強めた。
キムは覚悟を決めて、自分からクリスに会おうとする。
タムと一緒に幸せをつかもうとした。

そしてジョンが来てくれて、クリスが来ていることを告げる。
クリスに会える。やっと夢が叶う。
だけど、トゥイが亡霊となってでてくる。
トゥイはキムが国を拒否して自分を撃ったことを呪う。

キムは自分が幸せになりたいと思う一方で、
トゥイをやむおえないとは言え、殺してしまったことを恐れる。
でも、自分とタムのためにクリスが来てくれた。
サイゴン陥落のときに別れ別れになったにもかかわらず、
再び会うことができるようになった運命を
信じようとしていたんだと思います。

決して単純にずーっとクリスを信じてたわけではなく、
不安になりながら、つねにクリスを信じつづけることが、
自分たちの幸せ、夢につながると信じようとしていた。
信じていなければ、タムと一緒に生きていくことなどできなかった。

 ♪今も信じてる 信じてるから生きてゆく♪

キムは人間だから、絶対に揺れ続けたと思う。

台風の日は出歩かないことだね

昨日は、どうしても外である会議に行かなくてはならず、
台風の中、行ってまいりましたが、強風というのは、
ああいうのを言うのかと思いました。
車の中にいても、信号待ちをしていると、
車がガタガタ揺れるんですよ。
いや、車が軽いのかも知れないですけど、怖かった。
歩いていても、傘なんかまるで役に立たないし。

目的地に到着したら、停電してました。
さっきEVに乗ってたじゃん。
閉じ込められてたかも、と思ってぞっとしました。
でも、自動ドアも開かなかったから、
別棟に行くのに渡り廊下が使えず、
結果、外を10メートルほど走るはめに。
そして、目的地は9階。。。。。EVは動かない。
歩くのかしらと、思っていたら復旧しました。よかった。
でも、EVが途中で止まったらどうしようとちょっとドキドキ。
部屋に着いたらメガネが水滴だらけで、笑われてしまいました。

その会議に遅れて来た方もいらっしゃったのですが、
気の毒なことに、車でドアを開けるときに、
両手で押さえていたにもかかわらず、
強風でドアが勢いよく開き、隣のBM車にゴツン。
話をつけるのに30分かかったそうで。

ところで、台風ってtyphoon(タイフーン)の当て字?
それにしては、なぜ台の風?って思っていました。
同じ当て字なら大風のほうがしっくりきません?
でも、中国語では颱風なんですね。
日本でも昔は颱風が使われていたようで、
颱が台になったみたい。颱のほうがタイフーンっぽいですね。

颱風とtyphoonのどっちが先かはわかりません。

blogにlog(兼テスト)

blogにlogをわかりやすく残すことにしました。
というか、もうひとつのサイトで使うことにしたので、
こちらで使い方とか不備とかチェックです。
だけど、諸事情で違うところのblogにしたから
あんまり意味ないかも。

未来をあげる

 生まれたくないのに 生まれ出たお前が
 苦しまないように 命もあげるよ

「生まれたくないのに、生まれ出たお前」って言葉ね、
私、キムがそう思ってたんじゃないかと思うんですよね。
なぜ、この国に生まれたのかって。エンジニアがそう思ってたように。

子どもは国も親も選ぶことができない。国を選ぶことができない悲しさは、
世界紛争で子どもが犠牲になっていくのをみると、痛いほどわかるだろう。

親の社会的環境もまた、そのまま子どもの社会的環境に引き継がれていく。
これは親の愛情を受けて育つこととは別次元の問題。
経済的な力、社会的な力が、自由に生きることを保障する。
前に日記に少し書いたけど資本主義社会というのは、
勝ち組と負け組をつくる社会。自由競争社会。
ホーチミン市にいる限り、タムはゴミクズ扱い。
客観的にみて、キムとクリスがもし親権をめぐって戦ったならば
クリスが親権を持つことになるだろう。それは子どものため。
キムがもし自分と一緒にタムを暮らさせようとするなら、
それは自分のためでしかない。
ただし、それはクリスがタムを愛してくれることが前提。
だから、キムはクリスが「与えてくれる愛」を信じるしかない。
「与えてくれる愛」嫌な言い方だけど、
それが、あの舞台での力関係。

親が愛していれば、経済力がつくわけでも社会力がつくわけでもない。
親の環境の与え方による部分が大きい。つまり愛情の発揮させ方が重要。
親の収入や社会的地位が高ければ、子どもはその階層の教育を受けられる。

わかりやすいのは、90年代の「ゆとり教育」。
国民全員が享受できる教育レベルが下げられ、
余った時間は、個人の自由に使えるようになった。
当然、子どもは自己管理能力が低いし、環境を選択することはできない。
子どもの頃の環境というのは、与えられるもの。
その結果、ある子どもたちはテレビやゲームの時間が増え、
ある子どもたちはいい大学に入るために、私立校や塾に行く。

もちろん、子どもに将来どのような生活をさせたいかという
将来的なビジョンは違っていい。誰もがいい大学に行く必要もない。
むしろ、今は個性にあわせた適職選択をフォローしてあげるべき。
大切なのは、彼らが大人になる過程で選択肢を与えられること。
社会の中でその子どもたちが自由に生きていくことができる
ポジションを、自らつかめるように。

 あげよう 私に無いもの 大人になってつかむ世界を 
 神の心のまま 望むもの選ぶの つかまえなさいチャンス
 命もあげるよ

子どもを本当に愛しているからこそ、未来をあげられる。

世界中に緊張がある

韓国が極秘に核開発をしていたのには、驚きだね。
政府は関知していないとか、微量だとか言ってるけど、
政府が関知しないなんてありえないと思う。

私が驚いたということは、お人よしってことだよね。
他の日本人の人がどう思っていたかは知らないけど、
どの国も自国を守るために武装しようとしているんだよね。

そもそも大国の論理で決められた核不拡散条約(NPT)がおかしいんだけど、
アメリカとかロシアとか、その他もろもろしか核を持ってはいけないなんて
その国は、核兵器を正しく利用できるけれど、
他の国は、悪い利用の仕方をするから持ってはいけませんってことでしょ。

バカにしてるよね。

で、それを日本は守っているわけで、
韓国は無視して隠れて好き勝手にやってるわけで・・・

韓国が日本に攻撃をすることがありえないと思っていたら別だけど、
韓国は日本に対してむしろ敵対心持っているしね。
それに朝鮮半島の非核化共同宣言もないがしろにしているわけで、
自国が核を保有しようとしているのに、北朝鮮に核を放棄しろって
言えないじゃない。
本音のところで言えば、韓国は貧乏な北朝鮮を抱え込みたくないと
思っているだろうし、今は太陽政策で北に対して柔軟な姿勢を貫いている。
むしろ、貧乏なまま自国に脅威を与えずに、大国から援助してもらって
細々と存続してくれと思っているんじゃないのかな。
韓国では、面倒を見切れないと。

チェチェンの問題は、国際紛争ではなくて、国内紛争だけど、
これも民族独立の戦いでしょ。
学校を占拠して一般人の犠牲者を出すのは誰がみても間違っている。だけど、
露骨に一般人を殺害するか、爆撃で顔を見ずに殺害するかの違いであって、
たとえば、アメリカがイラクでやった戦争では、すごい数の一般人が死んでいる。
死んでいるといえば、まだ柔らかいけれど、一般人が死ぬのがわかってて
爆撃しているんだから、殺しているんだよね。

きちがいがやったのなら、そのきちがい達を絶てば、解決はできる。実際、
ロシアはチェチェンに対して、まさしく絶滅させんがくらいの掃討行動にでていたらしい。
しかし、チェチェンの人々コーカジアンを誰がきちがい扱いできるのか。
武力闘争はまさしく復讐の連鎖。どちらが先に非道なことをしたということではない。
ずっと昔から、連鎖しつづけてるんだから。
自分たちを自国を守るためにやっているんだから。
じゃあ、どうやったらとまるのか・・・・

ところで、チェチェン人がいるのは、北コーカサスだとはじめて知った。
「コーカサスの白墨の輪」
話を知らないけれど、また、たかちゃんは、すごい作品に出るんだね。

夏休みの宿題

さて、最近まじめに仕事をしていますが、
今日は、ちょっと午後から宿題をしていました。
本当は昨日の会までに調べ物をしておかなければならなかったのですが、
別の会議とブッキングしてたので、私は次回までにやっておけばいいと
いうことで、ちょっと気を抜いてたわけですね。
でも、次が月曜になったから見通しを立てておこうとやりはじめました。

まるで夏休みの宿題を最後の日にやってるみたいなもんですね。
そういえば、ネット検索のキーワードは
「夏休みの天気」が爆発的に増えたらしいです(笑)。

さて、A3用紙一枚分の古文書をわからんところ調べて解釈しとけばいいんだけど、
25分の1ぐらいやるのに一時間くらいかかることに気づきました(大汗)。

去声って知ってる? 入声って知ってる? 四声って知ってる?
音の強弱のつけ方のことなんだよね。まあ今はネットですぐ調べられるから
楽ではありますが、本当に知らないことだらけだということを
突きつけられる管理人でありました。

読みながら思ったのですが、やっぱり昔から美しくわかりやすく話すことって
求められてたんだろうなあと。特別に詩吟とかそんなんでなくてもね。
今でも、アナウンサーとかはそういうの練習するのでしょうが、
教養として、美しい「音」で話すことも大事だったんですね。
なんだか、いずまいを正してしまいました。

ミュージカル臭さ

掲示板で人の意見を読んで、全部が歌のミュージカル、私は好きなのかなあと、
ミュージカル臭さってどんなところかなあとちょっと思ったわけです。
たとえば、私はジョンとクリスがキムのことを語り合うところとか、
あんまり好きじゃないんですよね。つまり説明的な歌の部分ね。
同じ音楽が流れてる中でセリフを言うことと、どういう効果の違いがあるのか、
わざわざ歌にしなくてもいいようにも思うんですよね。

それから、ミュージカルというと、素敵なナンバーがあって、
プリンシパルがソロで感情を歌い上げてってところがあると思うんですが、
たとえば、1幕でクリスがキムとの一夜に迷っているところ、
ベトナムをどう扱おうかと苦しんでいるところ。
見せ所、聞かせ所であることは間違いないんだけど、
だけど、あんまり歌い上げられるとどんどん冷めていくなあと聞いてて思いました。

歌い上げるときって、劇の中ではその視線の先に思う人やモノ・コトの面影を観てるんだろうけど、
それがすぎると自己陶酔というか、自己満足という感じに思えちゃうんですよね。
相手のためでなくて、相手を思っている自分に酔う感じね。

自分の持ち歌を歌う歌手ならそれでいいんだろね。

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