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エンターテイナーになれ!

私は松たか子という女優さんが好きです。
今更、言うなって(^^;

彼女は女優なんだけど、あっ歌手でもあるけど、
でも、私は一人の人間としての松たか子さんが好きです。
女優松たか子として生きている「人」が好きなんです。

しばらく舞台がなくて、会えなくなるのは本当にさびしい。
でも、彼女にはclub.Mっていうファンクラブがあって、
彼女自身が言ってくれたように、想いを伝え合うことができる。

彼女の言葉、彼女の態度、彼女の存在に触れていると、
この人は「将来の自分」?と思うくらいに共感してしまう。
私が女優になるわけじゃなくてモノの考え方の面でですよ(^^;
今のところ彼女の言葉に触れられるのは、
ファンクラブclub.Mのメンバーの特権となっていて、
他の方たちにお教えできないのはとても残念です。

彼女は自分の信じた道をゆき、その道の途中で
多くの人に出会い、多くの人から力をもらい、
女優・歌手として多くの人に力を与え、10年経った。
時折、無力を感じつつ、でも希望を捨てずに・・・

彼女はとってもシャイです。
学芸会では羊の役やナレーター、主役なんてとてもとても。。。
昔はカーテンコールでも笑うことができなくて・・・
一刻でも早く奥に引っ込みたくて・・・
不機嫌なわけでも、親父と仲が悪いわけでもないんですよ(^^;
今はあれでも相当サービスできるようになった。
ちゃんとコメントも言えるようになった。
ラジオなんかのゲストやバラエティのゲストでも
かなりリラックスできるようになって話もできるようになった。

だから、さらにこれからの10年で、
神に選ばれた舞台女優にふさわしい存在になって欲しい。
ただの役者、ただの歌手でいたいと言っても許しません。
選ばれる人はわずかだから。
役者としての力量、歌手としての力量は
これからますます磨きがかかるだろう。
そこにもまだまだ課題はいっぱいある。
だけど彼女は成長し続ける、それが好きだから。

だから、私は彼女のために別のことを言おう。
彼女が嫌いなこと、したくないことを言おう。
10年待つから、エンターテイナーになってください。
個人的には不器用な今のたかちゃんがとっても好きです。

幸四郎さんが昨日の千穐楽で周りの人たちすべてに・・・
なんとアルドンサを抜かしちゃったけど(^^;
・・・感謝をしたように。
たかちゃんも感謝の心を常に忘れない人。
舞台をしょって立つ女優なら、どのお客さんに対しても
それを形で示せる人になってください。
エンターテイナーになれ! とはそういうこと。

しばらく舞台がなくっていい機会だから語ってみた。
ああーん、でもしばらく舞台がないから会えないよ(TOT)
さびしい。すごくさびしい。
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ラ・マンチャの男のストーリー

あんたの優しい言葉があたいをどんなに傷つけたか
あんたにはわからない。

私はこの言葉をいつもすごく悲しく聞いている。
アルドンサも悲しいんだけれど、
相手が傷つくことがわかっていても言わなければならない
ドン・キホーテがかわいそうで。。。

私、アルドンサはこの言葉を吐いた後、
後悔したと思うんだよね。というか、後悔して欲しいの。
そして、ドン・キホーテのもとに戻ってきて欲しい。

遍歴の騎士ドン・キホーテの役割は、
人を丸裸にすることにある。

そして、丸裸になることは人にとって
ある種の試練。

だから、私たちも丸裸にされて、心を動かされてしまう。

ここからは、劇の順番を思い出してみよう。
もう、明日じゃなくて今日、千穐楽だから。

1.ギターのソロそしてフルート、オケピ全体へと続く

 ♪「序曲」 "Overture"

暗闇の中、囚人達がゾロゾロ登場し、上から階段が降りてきて“ドーン”
2.そして、セルバンテスの登場。獄中裁判の申し開きのために即興劇をやることに。
3.遍歴の騎士へと変身するセルバンテス
4.サンチョ馬ロバと旅へ出発

 ♪「ラ・マンチャの男」(われこそはドン・キホーテ) "Man of La Mancha"

5.風車と戦う、城?旅籠?を見つける
6.セルバンテスが次のシーンを説明する
7.旅籠屋の場面、宿屋の夫婦とラバ追いたちをキャスティング
8.アルドンサ登場 

 ♪「同じことさ」 “It's All The Same”

9.キホーテ宿に到着

 ♪「ドルシネア」 "Dulcinea"

10.ラバ追いたちが歌う

♪「ドルシネア」

11.セルバンテスがキホーテの家の人たちを紹介する
12.神父さんとアントニアと家政婦さんのシーン

 ♪「あの方の事を考えてばかり」 "I'm Only Thinking of Him"

13.カラスコ博士の登場、家に連れ帰ることに

 ♪「あの方の事を考えてばかり」 "I'm Only Thinking of Him"

14.台所でアルドンサとサンチョの信書の場面

 ♪「本当に好きだ」 "I Realy Like Him"

15.馬とロバに餌をやるアルドンサ
 
 ♪「どうして欲しいの」 “What Does He Want of Me?”

16.セルバンテスが出てきてラバ追いたちを演出

 ♪ 「小鳥よ小鳥」 "Little Bird Little Bird"

17.アルドンサが水を汲みにきてペドロに信書をとられる
『それは、、信書ってんだよ』『後で台所がすんでから』
18.カラスコとペレスがやってきて、キホーテに会う
『それが目に見える事実だ』『事実は真実の敵なり』
19.サンチョが信書をキホーテに、そして床屋の登場

 ♪「床屋の唄」 "Barber's Song"

20.
 ♪「マンブリーノの黄金の兜」 "Golden Helmet of Mambrino"

21.カラスコとペレス「狂人のままの方が幸せかも」
22.ドン・キホーテは宿屋の主人に騎士の称号が欲しいとお願いする
23.ペレスは歌う
 
 ♪「自分だけのドルシネア」 "To Each His Dulcinea"

アルドンサらが通り過ぎる、入れ替わりキホーテがやってくる
24.中庭で騎士の称号を受けるために身を清めるキホーテ
25.やってきたアルドンサは問う『あたいの何が欲しいってのさ』
『何もござらん・・・落命のときには姫の御名を呼ぶことを許して欲しい』
『諸国遍歴って何のこと?』『騎士の特権とも言うべきもの』

 ♪「見果てぬ夢」(騎士遍歴の唄) "The Impossible Dream"

『一度でいいからあたいの本当の姿を見ておくれよ』
26.約束を破られたペドロがアルドンサを打ち、キホーテは戦いを挑む

 「コンバット」 "The Combat"

27.コンバットに勝利する
28.宿屋の主人より騎士の称号を受ける

 ♪「騎士叙位の唄」 "The Dubbing"

29.今やっつけた敵に傷の手当を施すというキホーテに、
アルドンサは『やつらはあたいにとっても敵なんだよ』と傷の手当をしにいく
30.アルドンサはラバ追いたちの手で痛みを受ける

 ♪「アブダクション」 "The Abduction"

31.キホーテがサンチョと「見果てぬ夢」を唄いながら現れる
32.牢獄に階段が降りてきて、独房の囚人を連れて行く
「本当の狂気とは・・・・あるべき姿のために戦わないことだ」
33.キホーテとサンチョは遍歴の旅の途中、ムーア人に身包みはがされる

 ♪「ムーア人の踊り」 "Moorish Dance"

34.キホーテとサンチョは旅籠に緊急避難する
35.そこに傷ついたアルドンサが現れて『あたいの名はアルドンサなんだよ』

 ♪「アルドンサ」 “Aldonza”♪

36.そこに鏡の騎士に扮したカラスコ博士があらわれキホーテをやっつける

 「鏡の騎士」 "The Knight of Mirrors"

37.再度、牢獄、セルバンテスが喚問に呼ばれる、芝居はここまでと言う
セルバンテスに囚人たちは「気に入らない」といい、セルバンテスは続きを考えた。
38.寝室のシーン、アロンソ・キハーナが家族たちに見守られて病の床にいる
サンチョがたずねてきて、アロンソ・キハーナは意識を取り戻す

 ♪「一寸したゴシップ」 "A Little Gossip"

39.アルドンサが訪ねてきて、ドン・キホーテを目覚めさせようとする

 ♪「ドルシネア」 "Dulcinea"

40.ドン・キホーテを思い出したキハーナにアルドンサは見果てぬ夢を語る

 ♪「見果てぬ夢」(騎士遍歴の唄) "The Impossible Dream"

41.目覚めたドン・キホーテは唄い、その途中命が果てる

 ♪「ラ・マンチャの男」 "Man of La Mancha"

42.神父は唄う

 ♪「聖歌」 "The Psalm"

43.アルドンサは言う『男が死んだ・・・・私の名はドルシネア』
44.牢獄に階段が下りてきて、セルバンテスは喚問へ
『セルバンテスはドン・キホーテの兄弟か』と問う牢名主に
『われらは二人ともラ・マンチャの男です』と答えるセルバンテス
45.アルドンサ役の囚人が唄いはじめ、
ペレス神父役の囚人が唄いはじめ、すべての囚人たちが勇気を唄う
セルバンテスと自分たちのために・・・・カラスコ博士を除いて。

♪「見果てぬ夢」(騎士遍歴の唄) "The Impossible Dream"

おっさん会議

月曜の夜は久しぶりのおっさん会議でした。
会食ってやつですね。エライ人ばっかりやから
得意じゃない感じの会議なんだけど、
去年からやってるから、ほんの少し慣れてきた。
もっと発言したほうがいいんだろうけど、大人しい感じです。

それで、昼には今度7月の中旬にとある空家で
民家再生実験と称して喫茶店をやるんだけど、
その準備をいろいろと打ち合わせ。
器を竹で作ろうかって言ってるんだけど、
その器づくりと○○○ハウスの掃除とサイクルロードの下見と
日が重なってるんですけど、どれに行けばいいかね・・・
というか、それよりも首のしまりかけてる仕事をなんとかせねば。

で、この週末に不義理をしちゃったバスケですけど、
6点差で負けたらしい。かなり悔しいね。

日曜日復活の法則

6/26の日曜日観てきました。
友達もいっぱい観に来てて楽しかった。

土曜日は幸四郎さんが本当に声が出てなくて辛かったんだけど、
日曜日は復活してました。またまたどんな魔法を使ったんだろう。
先週の土曜日はたかちゃんの調子が悪くて、日曜日には復活してて
今日はたかちゃんは素晴らしかったです。

親子そろって日曜日復活の法則でもあるのかしら?

ただ、友人たちは幸四郎さんは今日は力がなかったって言ってました。
昨日よりは相当よいと感じたんだけど、やっぱ昨日との比較かな?
セルバンテスの最初の牢獄でのシーンが、ここんとこずっと
お調子者な感じだったのに、今日は以前のちょっと知的な感じの
セルバンテスに戻ってたんですが、その辺りが「元気がない」って
友人たちの評価につながったのかな?

さて、さっきも言いましたが、たかちゃんの唄は素晴らしかったですよ。
ただ、個人的な好みとしては、「アルドンサ」の唄は、若干声が出にくい
くらいの方が、声が綺麗すぎにならないので好きです。

それから、上條さんかなりいろいろと誤魔化してますよね、
でも、寝巻き姿がキュートなので許します。
憂い顔の騎士の唄は一緒に行進したいくらい好き。
そういえば、あのときのアルドンサってすごく子どもっぽいですよね。
でも、鳳蘭さんの時代からああいう元気な仁王立ち演出らしい。
あのアルドンサはとっても好きだし、変わりつつあるときだから、
あれでいいんだろうけど、なんかよくわからない演出なんですよね。

それから、日曜日のサンチョさん。
最後の寝室のシーンでカラスコ博士とアントニアに
「殿様」って言って、アントニアが「殿様!?」って受けるシーン、
「だの様」なぐらいな感じでギリギリセーフでしたが、
「だんな様」って言いかけたでしょう?
友人たちのうち4人の意見が一致しました。まあ、たまにはあるよね(^^)

コンバットもちょっとタイミングが悪いシーンがあったり、
キホーテの剣がなかなかなかなかなかなか抜けなかったり、

そうだ、最初のはじまりのときに、階段がどーんと降りてくるシーン
大好きなんですが、最後の階段が降りてくるシーンは、
最初から人が上に載ってるじゃないですか?あれはすごいですよね。
あのシーンもカッコイイ。
上にいるとき、どんな風に待機してるのか、気になってます。

遍歴の騎士

先週見たときにすごく思ったのは、ドン・キホーテは・・・
狂人で滑稽に見えれば見えるほどいいんだろうということ。
でも、ドン・キホーテの狂人ぶりはいまさら語るまでのこともないよね。
ドン・キホーテってまともなことを言ってるシーンと、
とんでもないことを言ってるシーンがあって、その兼ね合いが
よくわからない。とりあえず、おかしなシーンをあげてみよう。

鎧兜を身に着けて剣と槍で武装するのだが・・・
どれもできそこないで中途半端な役に立たないものばかり。
大げさな物言い、エラソウな態度、
「私は騎士です」と言いまくって、無理やり肯定させようとする態度
ドン・キホーテはスタイルから入って、無理やり奮い立たせてるのかな?
騎士の称号が授与されてないからだとか、
騎士には戦うべき大魔王がいるもんだとか、
騎士には思い姫がいるもんだとか、

彼の憧れは「遍歴の騎士」だ。

風車と戦うシーン、床屋のシーン、ムーア人のシーン
これらは原作にあるシーンなんだろうけれど、
この話を「ドン・キホーテ」を主人公にしているがために
つけられているエピソードで、物語の骨格にあまり影響が
ないシーンに思えてしまうんですよね。

風車のシーンはドン・キホーテの滑稽さを表すのに最適で面白いシーン。
「遍歴の騎士」には大魔王がいるもんだという妄想だけれど、
器物損壊じゃんか。遍歴の騎士が器物損壊していいのか?
床屋のシーンは単純に面白いし、マンブリーノの唄が好き。
だからね、まあ在ってもいいんだけど。
黄金の兜を渡せと言うシーンって、
「遍歴の騎士」が持つと無敵の力が持てるという妄想だけど、
あれってかつあげじゃん。遍歴の騎士がかつあげしていいのか?
床屋のこと踏んでるし。。。

それから、ムーア人のシーンは、寛大な心を見せていて、
遍歴の騎士にふさわしいような気もしないではないけれど、、、、
これって追いはぎに身包み剥がされたってことでしょ?
なのに、宿屋に戻ってきたときに、さも戦ってきたかのように
「世に邪悪をはびこらせないために戦う」って言うのは、おかしくない?
だって、ムーア人を信じたばっかりに身包み剥がされただけで、
何にも戦ってないじゃん????
それとも寛大な心を見せたことが、邪悪と戦ったことなの?

まあ、ドン・キホーテが寛大なのはコンバットの後に、
敵に傷の手当をしてやろうとする「気高い心が許しません」で
わかるけどね。

ドン・キホーテは、
現実と折り合いをつけないから間違ってるんじゃなくて、
やってること自体が「遍歴の騎士」としておかしいだろうと思うんですけど。
だからね、ムーア人のシーン、そこだけ浮いてるように感じるんですけど。
まあ、このシーンは華やかではあるんですけどね。だって何といっても、
「ラ・マンチャの男」ってアルドンサの赤いスカート以外は、
わりと色が少ないミュージカルだと思うので、華やかさも大事だし。
それと今日友達が言ってたけど、
アルドンサの着替えの時間のためのシーンじゃない?って。
それも少しはあるかな。まあ、時間稼ぎにはどんなシーンを入れてもいいわけだけどね。

で、諸国遍歴は夢をみるためにあるんだろう。
「騎士の使命、いや勤め、いやいや、その特権とも言うべきもの」
ちょっとセリフは正確ではないんですが、
諸国遍歴は騎士の特権、この言葉好きなんですよね。
ドン・キホーテは騎士の道を彼が邪悪とみなす人たちに
説きたいんだろうな。

でもね、私は思うんだけど、やっぱり勝ち負けでしょ。
負け犬の遠吠えじゃあ、ダメでしょ。

私が言うのは、もし、ドン・キホーテが騎士の道を説きたいなら、
邪悪な人たちが騎士の道に目覚めなければ「負け」ってこと。
戦いを挑んだ自分に満足してちゃあダメでしょう。
やるなら、伝わるようにやらなきゃ。

ただ、夢を見るだけじゃなくて、
実現することははるかにむずかしい。やるなら
実現できるように本気でプロセスを考えて戦い続けなきゃ。

そう思うと、世の中はしんどい。

幸四郎さん頑張れ!

本日は、幸四郎さんにエールを!
エールを送ったからといって声の調子が良くなるわけじゃないけど。
2000回まで一日、一日、がんばってください。
それから、昨日の報道ステーションよかったです。とっても。
ラ・マンチャの宣伝はほとんどできなかったのかも知れないけど、
幸四郎さんのことをいろいろ知れてなんだか妙に共感してしまいました。

あと、今日のお芝居をみながら、たかちゃんが小学校6年生だったとき
女優になるのかなあと漠然と思ったという、あのエピソードを
思い起こしていました。そしたら、友人もそんなことを言ってた。
もちろん、そのときの幸四郎さんと今日の幸四郎さんは
全然違うんだろうと思うんですけどね。

それとやっぱ一公演一公演違うんですよね。
もちろん、こっちの調子にもよるんですけど、
私はソワレの方が全体的には集中できたんだけど、
アブダクションの最後の悲しみをたたえたうめき声は
マチネの方がよかった。本当はもっと悲しい声のときがあって
それが一番好きなんですけどね。
それと、「アルドンサ」の唄の最後の方で、
♪あたいの名は「アルドンサ」なんだよ~
のアルドンサってところの言い方が大好きなんだけど、
これもマチネの言い方の方が好き。
「アルドンサ」の唄は全体的にはマチネの方が好きだったな。

とか言ってたら、友達がそんな細かいこと書いてても
誰もわからんって(^^;
すんませんねえ、個人の日記なんで、
他の人にわかるように書いてませんけど、許してください。
そのうち、場面場面を並べて書いておきたいとは思ってるんだけどね。

ああ、あとねえ、今日はソワレだったかなあ、
コンバットの最後のキメのシーンで剣をあげるじゃないですか
あのとき、剣がちょっとくにゃりんこって感じでした。

セルバンテスが最初の方かっこ悪い感じになってるのは
なんでなんだろうなあ、今はそれが気になってる。

戦争を伝えるドラマ

今日は紙芝居の打ち合わせがあったんで、
その話を書こうかと思ったんだけど、
帰ってきたら、とっても嬉しいニュースが!
↓これね
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/geinou/index.htm

テレビドラマに出るのなら、絶対に松たか子を必要としている作品に
出て欲しいと思っていたので、「作品に」求められての出演はとても嬉しい。

その日その場に生きていた人が、
何を思い、何を目指し、何に怯え、何に悲しみ、日常を生きていたか
作品の中で伝えることが、役者の使命だと思う。
嘘の気持ちを本当のように演じたり、
その後に美化されてしまった話ではなくて、
その日、その時に、何を感じ、どう生きたか。
それこそが、今の私たちに示唆を与えてくれると思う。

いい作品だといいな。
すべての人が戦争とは何なのか?
自分はこれからどうしなければならないのか?
それを考えられるといいね。

今ね、左翼って言葉を若い子たちは知らないんだよね。
「右翼のパロディだと思ってた」と言われてビックリした。
知らない子は一人じゃないんだよ。みんな知らなかった。

私は前から言ってるように、
右とか左とかに属して発言するようなのは嫌い。
最初から対立と攻撃の姿勢じゃなにも変わらないから。

戦争を反対だと言ったら、すぐに左寄りだとか言う人もいるけど
戦争は人が人を殺す。私はだから戦争に反対。

私たちの属する社会集団は日本という国。
その国は主権を持つ日本国民、つまり私達によって動かされる。
私たちは幸せな民主主義国家に生きている。
私たちは社会をよりよい方向へと変える力を持っていることを
ただ、反対することに夢中になって、忘れてはいけない。

人の命は守られなくてはならない。
本当はすべての人の命が守られなくてはならない。
だけど、ある社会集団の人たちが私たちの属する社会集団を
もし攻撃してきたら、私たちは自分達を守らなければならない。
それが自衛であって、私たちも自衛する権利は持っている。
先の大戦の兵士たちも愛する人たちを守るために戦った。
戦争反対を叫ぶときには、愛する人をどうやって守るのかを
忘れてはいけない。自分達を守るために武力を持たず、
他の方法でやるのは、よほどの覚悟のいることだ。

日本は自分の思い通りにしたいがために武力を行使したりはしない。
日本は憲法9条で自ら仕掛ける戦争を放棄している。
なぜなら、人を殺してはいけないから。
日本は外交のカードを最初から一枚持っていないようなもの。
北朝鮮は、核をカードとして使いまくる。
本当は、すべての国が戦争を放棄しなければならないのにね。

国連の常任理事国入りを目指している日本。
戦勝国連合であった国連を本来の意味での世界ユニオンに
するための改革の一つ。しかし、現状で世界ユニオンは可能だろうか?
欧米諸国の生き方、イスラム諸国の生き方、
どうみてもモノの考え方が違う。
そして、東アジア諸国はモメモメ・・・
文化の近い近隣諸国とさえ調和を見出すことができないのに、
(調和は相互の責任ですよ、どっちかに責任があるわけではない)
根本的にモノの考え方の違うイスラムとどう上手くやっていったらいいの?
日本はなんだか、東アジアと欧米諸国のハーフみたいな感じがする。

まあ、欧米諸国間でも仲は悪いけどね、
同じ国の中でも内紛は耐えないし・・・

でも、「人を殺してはいけない」
これは真理でしょ。

当たってるかも?!

↓私、この記事の中で
http://curara.bblog.jp/entry/141732/

三谷さんに主演映画を一本撮ってもらって、
最優秀主演女優賞をもらうから今回はとれなくてもいい

って、感じのことを書いたんですが、
ひょっとしてアタリちゃうん?
三谷さん、このちょっと前に映画を撮る話をしてたんで、
期待を込めて書いたんだけどね。
まあ、おとなしく待つことにしよう。

さて、今日は、ある島のサイクルロードの話の打ち合わせがあったんで、
さっき、帰ってきた。お腹がヘリヘリ。
今、部屋の中でジャズが流れてるんですけど、余計にお腹が減る音楽だ。
会議では、お会いしたいなあと思っていた人にやっと会えて・・・
いろいろな人間関係、大事にしたいもんです。
でも、これ、その下見が超体力いりそうなんですけど・・・不安。。
というか、別件と重なってるので、どれに行くか悩み中ですけど。

プレゼント

えーっとですねえ。
もうすぐ、お誕生日の人が身近にいるんです。
なんですが、プレゼントを考える余裕が今ないので、
しばしお待ちください。

ちょっと前に父の日だったじゃないですか、
母の日にちゃんとあげちゃったから、
父の日に何もあげないと、やっぱりヒガムでしょ?
ってことで、困った困ったと思ってたんですよ。
で、本当に困りきってたところ。。。
子分Aが「ガンダムのTシャツとかを何のことかわからずに
着ているお父さんってかわいくないですか?」って言ったので

家にあった新品のガンダムのTシャツを贈ってしまいました。
(とあるサイトで知ったのですが、赤い薔薇を贈るものらしい。)

私、Tシャツは好きで、買ったまま着てないやつがいっぱいあるんです。
前にアンパンマンミュージアムに行ったときも、
アンパンマンのTシャツを買ってしまった。
たかちゃんにあげようかと思ったけど引かれるからやめた。
モリコロのTシャツも買ったし。

“THE Dream Impossible Dream”のTシャツあったら
買いますよ。東宝さん。

丁寧で公平

21日は出張、まあそれはあんなもんって感じで。
帰ってきてから、別の人とちょっとおしゃべりをしました。

まったく知らない相手に短い時間で話すときに、政治的に偏った意見を言うのはやめといたほうがいいよね、って話から、話が展開。

もし、2つの異なる見解のどちらを選ばなければならなかったら、「反対側の立場もわかるけれど私はこう思う」と、理由をちゃんと述べて言うのがいい。

自分のものの考え方をしっかりと持つのはいいけれど、相手は相手、自分とは異なる。
だから、自分の意見を伝えたいときは、その人にどのような伝え方をすれば、どの程度伝わるかをきちんとわかった上で話さないと、ただの感情のぶつけあい。。。で、負けてしまう(伝わらない)。

「勝ち負けではござらん」という
ドン・キホーテの言葉に反論したくなってきた(笑)
意味は違うかも知れないけどね。そのうち考えよう。


まあ、私は上に書いたような考え方をするんですが、
21日におしゃべりをした人が、以前に私のことを評して
「人に対して丁寧で公平ですよね」
って言ってくれた。
この人ね、会議のときに起きながら意識を失ってるような人なんですよ、やっとココに来て自分を取り戻してきたみたいなんだけど、意外と私のことをわかってくれてたんだなあと思ってちょっと涙が出てきた。
私、人と話してるのを聞いて涙が出てくることって多いんですよ。何に泣いてるのかよくわからないんだけど、カッコの悪い話だ。

ウケてる(^^)v

私、本当に書きたいこといっぱいあるんですけど、
また、首がしまってきちゃって、明後日までに仕上げなきゃなんだけど、
明日は朝から出張なんで・・・ラ・マンチャに浸ってる場合じゃないんです。
本日は、先日18日のマチネを見られたしゅーまんさんのレポをどうぞ。

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昼公演 投稿者:しゅーまん 2005/06/19 00:44:54

休演日の直後の公演ってどうなんだろう?と思いつつ、劇場に足を運びました。
本日の昼公演は、U○カード会員の方も集団で来られていたようです。
多分、後ろの方だと思います。
前の方の席は、リピーターが多いようで、細かい笑いを誘うシーンでは、
あまり反応なし。その分、後ろの方のウケはかなり良かったです。
特に、駒○さんのシーン。ちょっと幸○郎さんも羨ましそうな微笑みで、
散○屋さんを見ていましたね。
で、○さんですが、すっきりとした表情だった(!?)のですが、
「同○ことさ」以外は、高音部がちょっと不安定だったかな。
歌そのものの安定感は、私が一番最初に観た時が、一番良かったように思います。
さすがに喉が疲れてきているのかなー?
ただ、アン○ニアの時も、2002年のアル丼も観ている一緒に行った友達は、
2005年の○アル丼に満足していましたので、良かったかなぁと。

それから、アル丼が食べている玉ねぎ入りのシチュー?スープ?ですが、
前回、もしくは、前任者の時は、もっと白くてべっとりとしていましたよね?
本当に、何かを食べていました。今年のアル丼は、完全に水っぽいですね。
それから、布巾でおわんを拭いた後、床にこぼれた水もしっかりと拭き
(今日はごしごし拭いてた)、その後、口を拭いてますね。
えーっ、そこまでー?・・きっ、きたなくないかー?って毎回思ってしまいます(^^ゞ

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しゅーまんさん、ありがとう。
19日の日曜日は床を拭く布巾で口は拭いてませんでしたヨ。
いろいろになるみたいだね。
日曜日もね、お客さんのウケがよくってね、
そういうときは、なんだか嬉しいね。
でも、私は何度も見て知ってるにもかかわらず、
家政婦さんが出てくると、もう嬉しくって嬉しくって声出して笑ってます。
あと、幸四郎キホーテがニコニコウンウンするシーンも大好き。
床屋さんにお尻が突き刺さるシーンも好き。
あーーーーん、やっぱ書きたい。
一個だけ、アルドンサがアブダクションの最後に呻くシーンが
今年はすごくかわいそうで、かなしくって。
2002年の時と声が違う気がする。

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魔法の薬でもあるの?

もうねえ、今日は最高でした。
昨日、あれだけ声が出てないってショック受けてたのに(^^;

一体、どういうことなんでしょう?不思議でしょうがない。
どんな魔法を使ったんだ?
耳鼻咽喉科にでも行って治してもらったの?
それとも、昨日はたまたま休演日明けだったから?
大体が、松さんは、休演日明けは本調子じゃないよね。

今日、当日券で観て本当によかったよ。
昨日の芝居だけ観て帰ってたら、ずーっと心配してなきゃならなかった。

今日はね、席も良かった。
昨日も悪い席ではないんだよね。3列目の右ブロックなんで
表情とかしっかり見えるしね。
でも、今日の当日券の1万円の席、S席とA席の間の補助席。
そのほぼ真ん中。帝劇は前後の席で互い違いになってないんだけど、
補助席だけは、ズラシておいてあるから、スコーンって前が見えるんだよね。
しかも真ん中あたり。
この芝居はね、やっぱり真ん中で見るのが最高だね。
芝居を楽しむためには前過ぎるのも良くない。

ドン・キホーテとサンチョの馬とロバに乗って門出するシーンで、
ああ、本当に道を進んでいるなあと思えたり、
本当に牢獄の中なんだなあと思えたりするのは、
ちょっと引いて全体が見えないとやっぱり感じられないんだよね。

あと、芝居ってやっぱり毎日違うね、
芝居を前と意図的に変えて演じてるばかりじゃなくって、
その日によって様々な要因で変わってくるところもあるんだなあって思った。
幸四郎さんを見ても、松さんを見てもそう思った。

またまた、まだまだ書き足りないけど、
土日遊んでたから、ちょっと仕事をして、また後で書きます。
とにかく、今日は最高だったこと書いておかなきゃと思って。
では!

嘘つき

サンチョさんとのシーンは、もっとよくなってた。
以前は、あまり上手くなかったリアクションで笑わすようなシーン
TVの「HERO」を観てからは、できるはずなのにと思ってたんだけど、
このあたりの力はすごくアップしてますよね。
ちゃんと面白いシーンになってるもの。
それと、このシーンのサンチョさん、唄がんばってると思った。
前に聴いたときには、雑だなあと思ったんだけど、
すごく練習したんじゃないだろうか。そんな気がする歌だった。

コンバット、よくなってましたねえ(^^)v
どうしてもスローな戦い(笑)なので、迫力に欠けたり、
だらだらしがちになるんだけど、対峙するときの一瞬の瞬発力を
重ねて、すごくメリハリの利いたシーンになってました。

それからね、ちょっと不満なのが、
「一体、あたいの何が欲しいのさ」って言った後の「うそつき」
って言うシーン。
この「うそつき」って言葉で、ただ単に(本当はあたいの体が欲しいんだろ)
って言ってるんじゃなくて、ドン・キホーテをもっと強烈に全否定した方が
いいと思うんですよ。この「うそつき」の言葉は、彼女の今までの人生を
背負ってる言葉だと思うんです。そこに重みがあるかどうかで、
次に「見果てぬ夢」を聴いて、ショールを落として、変わっていくアルドンサが
生きてくる。「うそつき」がまだまだ軽すぎるんだよね。

あともう少しだから

18日観てきました。
そう思ってない人もいたんですけど、
たかちゃん・・・声が相当に疲れてて、高音が厳しくなってた。

あと、10日ほどだからなんとかがんばってね。
たかちゃんが15年以上前に幸四郎さんのダメな状況を見て感動したように
今の状態での精一杯の表現は必ずあるはずだから、がんばれ!

やっぱり5月6月とほぼ毎日連続で公演だからね、
ミス・サイゴンのときの何日かに一度とも違うし、
アルドンサの声はのどに負担がかかるのかも知れない。

ただ、最初に言ったように、そんなこと全く思ってない人もいた。
だから、決してダメなわけじゃないからね。
ただ、いい状態の時を知ってると辛いんだよね。
明日、当日券でもう一度観に行こう。

最初に否定的な感じで言ってしまいましたが、
芝居的にはすごくよくなってると思う。
一番、印象深かったのは、寝室でのアロンソ・キハーナ。
私が気づいてなかっただけかも知れないんだけど、
幸四郎さんの演技がすごくわかりやすくなってた。
アルドンサがドルシネアの1番の歌詞を歌い終わったときに
キハーナが、「ハっ、もしや」と気づいて、
それでカラスコ博士がドルシネアを引き離して、
なおもドルシネアは歌い続ける。
このとき、キハーナはドルシネアを求め、
ドルシネアはキハーナを求めてるように見えたんですよね。
すごくわかりやすくなってた。

この一連の寝室のシーン、
「もう言うまい、きちがい扱いされるから」みたいなことを言うから、
キハーナは、ドン・キホーテの記憶を忘れてるフリをしてるだけ
なんじゃないか?という人もいます。
私は、サンチョを思い出したり、ドルシネアを思い出したりするキハーナは
嘘ではなくて、本当にあの時に思い出してると思うので、
当然、ドン・キホーテの記憶は彼の胸の中にあるけれど、
無意識に封印してるだけなんだろうと思います。

寝室のシーンはキハーナの心の変化をわかりやすくした幸四郎さんの演技と
ドルシネアの歌のどこかに哀しみをたたえている松さんの唄で
すごくよいものになったと思ってます。

まだ書き足りないよ。全然。続きはあとで書きます。

真実は隠れていてはいけない

3年前の日記を読み返してからずっと思ってることがある。

「事実は真実の敵なり」、鏡の役目は?

鏡に映し出された目に見える「事実」が
本来の内なる姿「真実」を覆い隠しているならば、
「真実」は日の目を見なければならない。

数日前に書いたこの言葉・・・
>鏡を突きつけるのは、敵(敵の行為)に対してではない。
>自分自身(自分自身の行為)に対してだ。
>たとえば、人の悪口を言っている自分の前に
>鏡を置いてみればいい。

救いはあるのかも知れない。

鏡にはアロンソ・キハーナという老人が映っている。
鏡には現実と妥協してきた老人が映っている。
彼ドン・キホーテは、まだ「あるべき姿」になっていなかった。
アルドンサの現実の姿をつきつけられ、アロンソ・キハーナに戻ってしまった。
だから、負けた。

鏡に映る姿も「あるべき姿」になってこそ完成する。
「真実」は隠れていてはいけない。


鏡には「人の悪口を言う醜い人」が映っている。
その姿が「あるべき姿」でないならば、その人は恥を知る。
そして、「あるべき姿」を求める。

そうなればいい。
ドルシネアの歌声と囚人達が助けてくれるさ。きっと。

貴乃花ドン・キホ-テ

もうね、今日はさっきまで焦ってました。
いつものごとく、サイフがどこにいったかわかんなくなっちゃって
探しまくりました。私、本当に人騒がせなんですよ。
明日、飛行機乗るのに、チケットレスにしてるから、
クレジットカードがいるし、それはサイフの中に入ってるし・・・

ヤッバ~イ感じだったんです。

が、ありました。だから、こうして呑気に日記書けてるわけです。
想像通り、いつも持ち歩いてるカバン(3つもある)に入ってました(^^;
新橋演舞場で携帯電話を失くしたって騒いだときもカバンに入ってました。
まあ、携帯電話は本当にあちこちに置いてきぼりにされてるんですけどね。
で、去年、運転免許証を失くしたって騒いだときはこたつの中にありました。
だから、全然みんな心配してくれません。まあ、見つかってよかった(^^;

で、どうしても気になるのが貴乃花なんだけど、
彼をみてると、ドン・キホ-テのように思えるんだよね。
兄との優勝決定戦を八百長だったと言ってるようだけど、
相撲の八百長疑惑っていうのは、ずっと前からあった。
彼はきっとずっと我慢してきたんだろうな。
八百長のない相撲の世界にしたいとずっと見果てぬ夢を描いてきた。
相撲協会は変わるんだろうか?彼に勝ち目はあるのかな・・・

小泉さんをドン・キホーテに見立ててあげたら?
って言われそうですが・・・郵政民営化ってそんなに大事なんだろうか。
なんで、あんなに必死なのかよくわからないんですよね。

ハイチを知ってますか?

何日か前にハイチの番組を見た。NHKかな。
ストリートチルドレンの話だった。

それにしてもハイチは今ひどい状況なんだね。
何にも知らなかった。
というか、ハイチという国を気にしたことすらなかった。
ハイチは中南米の国、フランスから独立したときに
3兆円ほどフランスに要求され、2兆円ほど支払ったらしい。

反政府派と対立しながらもアリスティッド大統領っていう
きちんと選挙で大統領になった人が政権を握ってたんだけど、
一年半ほど前に起こった軍事クーデターで、この人は出国してしまい、
今は、国連ハイチ安定化ミッションのもとで
ハイチ暫定政府がなんとか国を再生しようとしているみたい。

すごい世界だった。1%の人が富の半分を持っている社会。
既得権は手放さない。
10年前、ストリートチルドレンだった22歳の若者は、
1台100円で2時間かけて洗車をして、妻と生まれたばかりの子を養う。
ところが、彼らが空港のあたりをウロウロしていては格好が悪いと、
仕事の場所から締め出されてしまう。稼げなくては家にも帰れない。
そう、彼らはストリートチルドレンから脱して今は家がある。
だけど、2つのベッドに家族は6人。かわりばんこに寝るんだろうか?
22歳の若者は、息子こそ神様が僕にくれた宝物だと言った。
「この子にだけは、自分と同じ生活をさせたくないんだ、
だから、がんばって、息子に未来をあげたいんだ」
仕事がない、暮らせない。学校にも行ってない。
国民の4分の1は国外へと脱出したという。

「僕らは最低の国に生まれてしまったってことさ」
『ミス・サイゴン』のキムとタムのことを思い出した。

「デモクラシーというのは分け合うことだと思う」と、
彼らの一人が言った。
「僕らも貧乏だったんだ、何も持ってなかったんだ、
今も持ってない、だけど必要な人がいたらあげなくちゃいけない
彼らが僕らが困ったときに返してくれることもある」

必要なものを本当の意味で希求しているからこそ、
人が求めていることもよく理解できる。
彼らは、もし富を手に入れたらどうするのだろうか?
それでも分け与えるだろうか・・・

今、ストリートチルドレン達の間では、スリーピングゲームというのが
流行っているらしい。子ども達同士でもめごとが起こった時、
相手の子が寝ているところを見つけたら、何をしてもいいんだそうだ。
割れたガラスを足に置かれて、上からブロックを落とされた子がいた。
ガソリンをかけて火をつけられた子もいた。
そうやって、どちらかがどちらかを傷つけて、
もめごとは解決するんだそうだ。

他の人たちの不幸をみて、
自分がいかに幸せかがやっとわかるもんなんだね。

自分の前に鏡をおけ

また、とんでもないことを言うけどね。
今年のドン・キホーテに感じるすごく不完全な感じを考えてみた。

「人生自体が気違いじみているとしたら、
では一体、本当の狂気とは何か? 本当の狂気とは。

夢におぼれて、現実を見ないのも狂気かもしれぬ。
現実のみを追って、夢を持たないのも狂気かもしれぬ。

だが、一番憎むべき狂気とは、
あるがままの人生に、ただ折り合いをつけてしまって、
あるべき姿のために戦わないことだ。」

ドン・キホーテはこのときだけセルバンテスに戻って話してるよね。
カラスコ博士もこのときは、一囚人に戻ってる。

その牢屋にいる現実の中で、セルバンテスは痛いほどにわかっている。
「人生自体が気違いじみてる」
そうだろうね、アルドンサも言ってた。
「どうせこの世なんて糞の山で、人間はその上を這いずり回るうじ虫さ」

「本当の狂気とは何か?」
この憂いに満ちた現実の世の中で、
「夢におぼれて現実をみない」=ドン・キホーテの狂気
「現実のみを追って夢を持たない」=カラスコの狂気

3年前の感想で、
ドン・キホーテが自分を認めて欲しいなら、
カラスコを認めないのはおかしいと言ったけど。
どちらも極端な狂人なんだよね。
カラスコはひょっとしたらドン・キホーテと同じくらい狂人でもいいのかも?
3年前は、周りの人の目を気にして(現実に折り合いをつけて)より、
自分の主義主張(夢などない)のためにドン・キホーテに反発している
印象を受けるって書いたんだけど、彼もまた極端な狂人なら、
人と調和するような部分は全く無いように見せるのがいいんだろうな。

「一番憎むべき狂気とは、
あるがままの人生に、ただ折り合いをつけてしまって、
あるべき姿のために戦わないことだ。」

私はこの中の「ただ」っていう部分が超お気に入りです。
これは、幸四郎さんが勝手につけてるのかな?
オリジナルはどうなんでしょう?
この「ただ」のあるなしで、現実の折り合いをつけている人生を
直視しているか、見ないようにしているのか、まったく違ってしまう。

ドン・キホーテは「鏡の騎士」に負けちゃうような
「鏡を見ない騎士」だったけど、
セルバンテスは現実を直視してるんだよね。

その上で「あるべき姿のために戦うこと」こそが、
正しい気持ち、正しい心だと言っている。

本来、あるべき姿とは何か?
あるべき姿とは、自分自身のこと。
人の行為をごちゃごちゃ言う前に、
自分自身の一つ一つの行為を振り返ってみてみれば、
あるべき姿(自分が正しいと思っている自分自身の姿)に
沿った行動をしているか、わかるだろう。

鏡を突きつけるのは、敵(敵の行為)に対してではない。
自分自身(自分自身の行為)に対してだ。

たとえば、人の悪口を言っている自分の前に
鏡を置いてみればいい。

鏡の騎士に破れたドン・キホーテは不完全だったんだと思う。

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やる気

今日は夕方から会議2連発。
で、二つ目の会議の後で、紙芝居をつくる企画の
打ち合わせをしたんだけど、今度のみんなで集まる会に
私は別の用事で行くことができないので、
仕切ってくれる予定の人と話をしてたんですが、
やる気がある人ってのはいいね(^^)

ちゃんとペーパーをつくってきてた。
一から十まで聞こうとする人には何も言う気が起こらないけど、
ちゃんと自分で考えて、その上で意見を聞いてくる人には
たとえ、忙しくても時間を割こうって気になるから不思議だ。

私自身もちゃんと企画をねらないままに
打ち合わせに望むこともあるから、反省せねば、ね。

今日の一個目の会議では、方向性の見えない話もあって、
そういうまだ企画がしっかり固まらないものもあっていいんだけどね。
いろいろ案を出し合えばいいんだから。
ただ、それがどういう段階の話なのかをみんながわかってないと、
意見も出しにくいんだけどね。
そういう意味では仕切ってるH氏、何をして欲しいのかが伝わりにくい
3つぐらい会話したら、なんとか推測できるけど。

こういう問いかけのようなしゃべりから入る人っているよなあ。
どういう領域での返答を求められてるのかが見えないから、
返答しにくいんだよね。
私もわりとそういうところがあるんだけどね。
自分でわかってる答を相手に言わせるってとこが。

まあ、今日の会議で、前回のキーワードから
漠然とイメージしてたものが人によって
かなり違ってたってことだけはわかりました。

あ~あ、家に電話しようとおもってたのに、こんな時間になっちゃった。

老いて住む

高齢者の集まって住んでいるマンションのビデオを見ました。
何年か前にTVで放映されたものです。
年老いていくことがリアルに描かれてるんですよね。
老いると身体のあちこちが痛んでくる。
それに向き合っている人たち、涙が出そうになった。
そのマンションのオーナーは85歳の女性。
その女性は「元気でいいね」と言われてこう言った。
「私も痛いのよ、でも老化現象だから仕方がないと我慢しているの」

年老いてから賃貸マンションを借りるのはとても大変です。
倒れられたり、火の不始末があるかもと心配になって、
通常のマンションだと貸してくれないんですよね。

だけど、自立できる間は自分で生活をしたいと考える
高齢者はとても多い。同居率も今は47%ぐらいだしね。

だから、オーナーのMさんは高齢者のためのマンションを建てた。
キャンセル待ちくらいの人気らしい。
一緒に見てた人が言いました。
「お年寄りの一人暮らしは不幸なことだと思っていたけれど、
お年寄りも自分らしく気楽に暮らしたいと思ってるんだと思った」

ここに居住している人たちは、みんな自分で生活をしようと思ってる。
だけど、手助けも必要としているから、お互いに助け合っている。
交流するためのお茶会やお稽古なども集会室で行われている。

でも、どこにいても人間関係のむずかしさはあるだろう。
このマンションにも仲良しの三人がいて、
やっぱりとても助け合ってるんだけど、最初は、
Nさんは毎日訪ねてくるOさんにとまどったという。
だけど、今はOさんの顔を見ないとさびしいくらいだという。
これ以上の話はビデオではなかったけれど。。。

Nさんは、想像以上にOさんにとまどっただろうし、
今もひょっとしたら、少し無理をしてるのかも知れない。
だけど、それが人間のいろんな人がいる世の中なんだと思う。
それが嫌だからと、背を向けてしまったら、
その人にとって、今ここで生きていることの意味なんてあるんだろうか?

「老いてなお人の世の苦しみを知る」

そんな感じをビデオを見ながら思ったのでした。
ちなみに、私は年寄りではないので、本当のところ
余命と向き合っている人達の気持ちを理解はできてないと思います。

このサイトについて(固め)

今日は髪の毛を切った私。
そしたら、ハゲを発見されました。
やっぱり、私って繊細だったんだ。。。
でも、ハゲには慣れてるんだよね、小学校3年生くらいの時から
結構、ときどきハゲるから。
ハゲ、ハゲ、連発してるけど、某君へのあてつけじゃないよ(爆)

ところで、6月10日もすんだので、一つの区切りとして、
今日はこのサイトについて改めてみなさんに
どういうサイトかお伝えしておきます。一応念のためにいうと、
ファンサイトではありません。個人の日記サイトです。

基本的なスタンスとしては、ここのTOPに書いてある通りです。
「日々の暮らしの中で見聞きすることについて、
個人的な考えや感想を書き綴っています。
ご意見やご感想は大歓迎!コメント欄からどうぞ。」

それから、私は舞台などの感想をよく書きますが、
中途半端な情報のみでは客観性に欠けるので、
あくまでも「個人の主観的な感想」のつもりで書いています。
作品の客観的な「批評」をするつもりはないんです。

何度も書いてることなんですが、私にとって、
「作品」というのは私がどう感じたかがすべてです。
なぜそう思うのかを自分なりに考えて、言葉で説明する。
ここに書かれているものはそういう感想です。
そして、気持ちはどんどん変わる。感想も変化する。
なので、私の感想には完成形はないんです。
同じ作品でも、感想をいっぱい書きますが、どんどん変わります。
だから、途中段階のつもりで気楽に書いてます。

もし、書いてる内容を読んで、「そんなことないんじゃない」
って思われたら、ご意見ご感想はコメント欄からどうぞ!
違った意見は十二分に受けとめます。
ただし、感情的な反論や意見の押し付けはお断りします。
感想は理路整然としていなくても、気分でも結構です。
でも、なぜそう思うのかを考えて書いてください。
でなければ同意するも反論するも返事のしようがありませんから。

基本的に、ここは個人の日記サイトです。万一、
気分を害された方はコメントに書いてくだされば
謝罪はします。反論も受け付けます。
それでも納得のできない方は、次からはその方自身のために
来ないでください。たぶん、来なくても困らないですから。

まあ、ちょっときつい書き方になりましたが、
そういうつもりでやってますんで。今後とも
マツタ★コをよろしくお願いします。

お誕生日公演のレポ

掲示板にいただいた6月10日の「ラ・マンチャの男」の
カーテンコールのレポ、非常によい感じだったらしいので、
こちらにも記録として残させていただきます。

で、6月がなつかしくなって
2000年の6月もボチボチ振り返って記事にしてますんで、
ご興味のある方はどうぞ!

では、お犬さまのレポをどうぞ!かなりの長文ですぜ。

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彼女の声

「アルドンサの台詞・歌と彼女の声質がうまくリンクしない」
こういう感想もいただいたのですが、
彼女の声に関してはその通りだと思います。
声があばずれ女にしては綺麗すぎるんですよね。
だから、セリフが無理して言ってるように聞こえる。
だけど、しつこいけど私はずいぶん自然になったと思ってるんだけどね。

一言で言えば、私にとって彼女の声は「希望の声」
他にも「正直に聞こえる声」とか、いろいろな言い方で表現されますが、
声の中に、隠してるはずの「純粋さ」が出ちゃうんですよね。

で、それがアルドンサ的かというと
これが難しいところで、アルドンサはドルシネアをうちに
秘めてるわけだけど、それを見破れるのはドン・キホーテだけで、
声も含めて、外観的には「あばずれ女」というキーワードを
見せないことには、「あばずれ女」とみんなが思わないんだよね。
嘘でも「あばずれ女」は見えないといけない。
それは、わざとつくってるんじゃなくて、
本当に「あばずれ女」的胸中にいないといけなくて、
ここの「あばずれ女」的胸中の部分が
25歳であったり、28歳であったりで異なってくるんだと思う。
だから、仮面の厚みが人生の蓄積で異なってくる。

でねえ、幸四郎さんはいつまでドン・キホーテをやるかなあ。
幸四郎さんがドン・キホーテをやっているうちに、
「仮面の厚い」アルドンサも見たいなあと思う今日この頃。

誕生日

たかちゃん、お誕生日おめでとう!
この一年がたかちゃんにとって飛躍の一年となりますように。

さあて、ある方にアルドンサの感想をもらいました。
実に納得のいくことが書いてありました。
簡単に言えば、「頭で演じた」アルドンサだということ。

ここからは、私個人の感じたことであるけれど、
幸四郎さんがセルバンテスであり、ドン・キホーテであり、
アロンソ・キハーナであることが実に自然であるのに対して、
たかアルドンサはアルドンサでない時があるってことかな。

別のキャストの「ミス・サイゴン」を観たときに、
キムの人格がシーンシーンで別の人であるような印象を
受けたんだけど、GWにアルドンサを観たときに感じた
たかちゃん自身が何かをふっきてない感じも
ややこれに近いかも知れない。

憂い顔の騎士のシーンで、アルドンサはスポットの
当たらない形でずっと舞台の上にいるけれど、
あのときは、どんなアルドンサでいるんだろうか?
コンバットのシーンでは、どんなアルドンサで・・・

何もしなくてもアルドンサでいられること

2002年の「ラ・マンチャの男」を観て
ものすごく感動したときにこう思った。
「役者はその役の人物でただ居続けることしかできない」
そこから何を受け取るかは観客次第。

アルドンサとカラスコが
ドン・キホーテからまったく違うものを受け取ったように、
観客も各自が「ラ・マンチャの男」から違うものを受け取る。

だから、
2002年のアルドンサは24~25歳のアルドンサ。
2005年のアルドンサは27~28歳のアルドンサ。
歳が変われば、まったく違ったアルドンサでもいいと私は思う。
その人がわからないことは表現できないから。
だけど、一つの舞台の上にいる間は同じアルドンサでいること。
私は、28歳になった「たかアルドンサ」を共有したい。

「演技うまいねえ」「唄うまいねえ」って感想ではなく、
アルドンサがドルシネアになれたことの喜びを共有したい。
何度も言うけど、私は本当に満足してるんだけどね。

菱形

今日は、ほぼ一ヶ月ぶりに○○文書の研究会があったんですが、
今日は鏡の話が面白かったかな。

三月三日はおひな祭りですよね。
そして、菱餅を食べます。この菱餅の菱形ですが、
天体の形から来てるようなんですが、
これは読んでもよくわからなかった(^^;
でも、もう一つ謂れがあって・・・

菱という水草がありますよね。この花は風に散りません。
だから、久しく栄える。つまりありがたい。
「ヒシ」という言葉も「ヒサシ」の略した言い方。
ということで、菱形はよい形なのだそうです。

だから、菱は久しく栄える花、それがゆえに
女子は面影の替わらぬまじないとして、
鏡の箱に菱を画いたのだそうです。

だから、鏡の別名を「菱花」という。

知ってました?

ケンカしてしまったこと

ところで、若貴兄弟。
世間では、兄の方に同情する人が多いらしいんだけど、
私は、頑固者の弟に贔屓目で見てます。
どちらにしても、マスコミに話すべきじゃないと思うんだよね。
第三者を立てて、当事者間で話しをするしかない話。

だけど、どうも兄の方が先にマスコミを味方につけようと
して、マスコミの同情を引こうとしたような気がするんだよね。
下衆のかんぐりなんでしょうけど。
弟もマスコミのインタビューに答えて、反論してた。
我慢できなかったのかなあ、一方的な非難を。
だからね、私は弟を贔屓してる。かわいそうな気がしたから。

もめてる中身には興味はないし、関係のない私たちが
どうこういう話じゃない。だから、そのことに意見するつもりは
全くないんだけど、「ケンカしてしまった」ことへの対処の仕方として、
興味深かったので書きました。

過保護

サッカー、ワールドカップ出場決定おめでと!
宮本恒靖ってカッコいいね。
なんとなく江口さんに似てる感じ。

今日は、あるプロジェクトの打ち合わせがあったんですが、
私はどこまで関わろうか、主導しようか迷うところです。
今度の打ち合わせは、はずれて任してしまおうか・・・
今日も出席はしたけど、極力意見を言わずにいたんだけど、
やっぱり、いるだけで、どこかで他の人たちが
ヒトゴトな居方をしてるんだよね。

先日、そのプロジェクトとはまったく関係のない人と
話をしたときに、その人が言ってたんだけど、
最近の若い社員は、会社の先輩や上司に飲みに行こうと
誘われようが、簡単に断るんだそうです。
「自分は今日は用事があるので」って言って。

きちんと一人一人が確立していることは悪いことではないし、
誰かのいいなりになる必要もまったくないけれど、
おそらく彼らはなぜ誘われたのかを考えようとしていない。

その人曰く、「最近は、会社では先輩や上司が、
新入社員がストレスを感じないで仕事をできるように、
仕事の環境に慣れさせるために、すごく気をつかっている」
これを聞いたときに、思った。

『ずいぶん、過保護になったもんだな』って。

他人が気持ちよくいられるように、他人を傷つけないために、
十分な配慮をすることは、大切なことだと思います。
自分を守るためにもトラブルの種は摘んでおく方がいい。
でも、それはある意味過保護ですよね。
なんでも大人が判断して、たとえば、道に石があったら
つまずいてこけないように、のけてあげて・・・
ってなことをしていたら、その人は何も判断しなくなってしまう。

高齢者がこけたら危ないからと、歩かしてもらえなくなったら、
本当に歩けなくなってしまうのと一緒だと思うんですよ。
能力は使わなくなれば退化する。

あらゆるところでカバーを知らない間にしてきてもらったために
目の前で起こる障害や問題に対して、
自ら考え、判断する訓練が不足しがちになってるんじゃ
ないでしょうか?

気をつかってあげることは決して悪いことではない。
だけど、甘やかしすぎは、胆力のない人を増やすだけ。
自分で責任を持ってやらないといけない領域をつくっていって、
若い人にも、発言にも行動にも責任をもって
自らの判断でやってもらわないとね。

まあ、そういう環境をつくってあげようと
すること自体が、過保護なんですけどね(^^;
しかも、本人たちは決して気付いていないし。

2005年の「アルドンサ」の唄

うーーん、2005年の松アルドンサは、2002年に比べて、
とくに「アルドンサ」の唄が迫力不足と言う人が多いですね。
あくまで私の周り限定のお話ですが。
あっ「アルドンサ」の唄ってのは、服がボロボロで唄うやつのことね。

私も若干、そんな感じも受けたことは受けたんですが、
とくにこの間の帝劇の初日のときに。

で、そのときに思ったのは、ちょっと前に書いたように、
「アルドンサ」の唄は、だんだんと最後の絶叫に向かって
テンションを上げていってるんだろうなってこと。

それでね、思うんだけど、2002年を観てるときって、
やっぱり初めて松アルドンサを観て、その捨て身の演技に
感動したところってあったと思うんだよね。
だから、そのときに受けた「すげえ」って感じを
求めてしまう部分って松ファンのリピーターには
あるんだろうなあと思うんですよ。
(そういう解釈は私には当てはまらないって方ももちろん
いらっしゃると思いますが、松さまに対しては弁護癖のある
ババアの戯言と思って流してください。)

でも、それは2002年のアルドンサのみに許される賛辞だと思うんです。
2005年のアルドンサは、あの唄に関して言えば、過渡期だと思う。
ただ、熱で押しまくるのは、松さんにとっては比較的簡単だと思う。
幸四郎さんの最初に唄う「見果てぬ夢」は、最初やっぱり静かに
始まるけれど、いつしかものすごい大波となって心に押し寄せてくる。
この唄を聴くたびに幸四郎さんはすごいと思う。
たかちゃんは「アルドンサ」で、あの幸四郎さんと同じレベルを
目指さなければならないと私は思ってます。
まあ、私は本当のところ、この唄もかなり高く評価してるんですけどね。
ドドドド素人ですけどね(^^;
個人的に満足してるのはウソじゃないから。

パパリンsaid

今日は、夜に外で会議があったんでちょいと遅くなりました。
やらにゃあならない現実にまた引き戻されております。
今日中になんとか4項目の骨格をつくってしまいたいんだけど、
できるかなあ。。。お腹が減った、とっても。
お母さんには「21時以降に食べたら太るよ」って
言われてるんだけどね。食べてしまいそうです。

さて、今日は、ちょっと名鉄ホールに戻りまして。
お犬さまが幸四郎さまの楽でのコメントをレポってくれたので、
せっかくだから、こちらに残しておきます。

帝劇ねえ、本当に5日のマチネも観ればよかったなあ。
って、私の体は1個しかないから、
アレもコレもはできないから仕方ないんだけどね。
なかなか、身体が一個しかないことを理解できてないタイプ
なんだよね。私って。今日も会議Wブッキングしてたし。。。

前文が長くなりましたが、では、お犬様のレポをどうぞ!

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日曜日の鎌倉

今日は、お芝居は観に行かず、鎌倉に行ってきました。
日曜日の鎌倉は人も車もいっぱいでした。
あじさいが綺麗らしいというので、長谷寺に行くはずだったんですが、
近くの友人のところに行ったら、あまりにも居心地がよく、
結局、観光はまったくしてません(^^;
何をしに行ったんだろう???私は。

本当にね、その子のお家に行くと、
すっかり休日モードのくつろぎ方をしてしまいます。
そして、うちの家もあんな風にしたいなあと思ってしまいます。

お昼は近所の店でビーフシチューを食べたんだけど、
おいしかったなあ。

帰りの飛行機で雑誌でも読もうかなと「日経エンタ」を
手にとったら、なんか100号記念らしく、
これまで表紙を飾った人たちのコメントの再掲と
100号のお祝いコメントが載ってました。
○さんも3回表紙に登場してるからね、
コメント出されてました。
ついでに、長者番付のランク表みたいなやつも載ってて
主な女優のトップになってました。
中村玉緒さんがもっと上のランクなんだけど、
玉緒さんの位置づけって女優じゃなくてタレントなのかな?
女優の仕事で収入をあげていそうな人が女優ってカテゴリー
なのかなあ。

今日はちょっとくたびれたので、日記はこんな感じにしとこう。

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