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「贋作・罪と罰」英の殺人

長い長い「贋作・罪と罰」のネタバレです。

溜水も都も、英のことを
「踏み越えることのできる人」だという。

この芝居を1回目に観たときに思った幕末の違和感。
私は幕末の時代には、志士たちは理想のために人を殺すことを
当たり前に思って殺ってたのかと思ってたけど、この芝居ではどうやら違う。
この芝居では人は踏み越えないと殺人を犯すことができない。

たぶん、こっちが正しい。幕末でも人を殺してはやはりいけなかったんだ。
基本的に「人を殺してはいけない」という道徳は崩れていなくて、
だけど、理想の社会の実現のために、人を殺すことを認める。

だから殺す相手が「勤皇と倒幕の境界に立つ・竜馬」であり、
「将軍・慶喜」であり、「勤皇の志士・もんだざえもん」なのだ。
すべて殺される人には肩書きがつき、その肩書きがゆえに殺される。

それが、理想のための殺人の動機だ。

そして、それが許されるのは、殺しの決定を下すのが、
ある理想社会をつくろうとするセクションだからだ。
「血の革命」を許す思想だ。
大人数の弱者が少数の強者に対して暴力革命を企てる。
貧乏人が豊かな者たちに対して暴力革命を企てる。
金、富の分配が目指される。

これに対して、「無血革命」を金の力で成し遂げようとするのが竜馬。
今の国際社会が経済で密接に結びつき、そう簡単には武力闘争が
できなくなっているのは、まさしく竜馬の思想に一致する。
だけど、竜馬のように金を得る才覚のないものは
暴力に訴えるしかないんじゃないの?違うかな?
今で言えば、竜馬は外交問題を経済で解決しようとし、
勤皇の志士達は外交問題を武力で解決しようとした。
そんなところでしょうか。

そして、経済のバランスを保とうとすると、
実は今回のアメリカ牛肉の輸入再開のように、
間接的な殺人を容認することになるのだけれど。。。
マンションの耐震偽装(これも間接的殺人)の問題が
業界の仕組みそのものを揺るがす一大事であるために
隠蔽されてきたように。

毎度のことだけど、話がずれた(^^;

とにかく、革命で流される血は、今現在も容認されている。
あるセクトが敵対するセクトのキーパーソンを殺す。

では、英の殺人は何なのか?その動機は何なのか?
英という個人が、おみつという誰からも嫌われている人物を殺す。

優秀であることを自負する英は自らの規範にのみ従う。
確固たる意志を持つ人物ならこれは大いにあり得る。
ただ、英はこう思った。革命の血が許されるなら、
英帝国を貧困から守り、英の理想を実現させるためには、
社会の中でいなくてもよいと判断される人物は殺してもいい。
そう論文に書いた。論文に書いたってことは、
その思想が間違っていないことを確信するために、
実証したがっていると思う。

ここで一点疑問がある。
対象者がなぜ金貸しの老婆なのかということだ。
対象者は他の誰でもいいはず。
たとえば、老婆なら殺してはいけないのではと私たちも思える。
だけど、これがもし(英のような)強盗殺人者、
それも連続して犯すような人物ならどうだろうか?
それは社会のために役立つことをしたとみなされたかも知れない。

まさしく、英はそうやって自らの利益と社会の利益を
同時に成し遂げようとしたのが「金貸しの殺害」だ。
そして、年老いていてそのうち死ぬような人物なら、
同情もされにくく、さらには英にでも殺害が可能だからだ。

英はおつまだけでなく、おみつの殺害も反省したんだろうか?
このこともおみつ=母=将軍=帝?で、
考えていることがあるんだけど、
また長くなるので今度書きます。
とりあえず、おつまとおみつの殺害の件は
↓こっちに前に書いた。
http://curara.bblog.jp/entry/255506/

ここで、大事なのは「おみつ=悪人」と判断したのが、
社会ではなく、英個人だということだ。

だけど、英の場合、この殺害は保身ではない。
むしろ、保魂(英が君臨する帝国)のため。
これがわかりやすいのが竜馬の殺害だと思う。

英は、竜馬に対して殺人未遂をする。
その竜馬を最後に本当に殺すのは父・もんた。

もんたが竜馬を殺害するのは、理想社会の実現のためではない。
手を下した男の個人的動機は保身。
死にたくなかったから。取引である。

英も都に取引を持ちかけられるが、殺しはしない。
取引に応じたのがもんたであり、英は取引には応じなかった。
都は愚かだな。英はもっと誇り高い。取引に応じるわけがない。
都はひょっとしたら、竜馬を暗殺してくれればよし、
そうでなくてもよしと考えていたのかな。また、話がズレそうだ(^^;

英は勤皇の志士たちに「竜馬を殺れ!」と言われたときも
英は「群れるのが嫌い」といい、自分の考えで行動しようとする。

彼女の規範は「絶対に正しい自分の思想」。

母の清が言っていたな、「(英は)決して間違ったことがない」。

英の殺しの動機は、「絶対に正しい自分」の証明だと思う。
だから、竜馬を殺せなかったことは、
英帝国を英自らが否定したことなんだと思う。


ここで、話を少し変えるけれど、英の理想とは何か?
それはこの作品の中で一言も語られることがない。
つまり、理想が高遠であろうが、ちっぽけであろうが関係なく、
そのレベルはどうあれ「個人の思想」のために殺人が可能かを
この作品では問うている。
「個人の思想」が正しいかを決めるのは本人だけだ。
だから、正しい、「間違ったことのない」選ばれた人間、
英のような人間だけが、その思想のために殺人が可能となる。

英の理想が語られていないのは、
英が自分は正しい、自分は選ばれていると思い込んでいることが
大事だからであって、英が正しいか、選ばれているかを、
観客は判断してはいけない。
判断した瞬間に選民思想を受け入れることになる。

英は英という魂でいるためには、
英の思想を正しいと認められることが大切だったんだと思う。
それは、ただ生きればいいという保身ではなく、
自分の思うように生きるという保魂。

英の殺しの動機が、「絶対に正しい自分」の証明。
とは、そういうこと。↓こっちでも前に書いたけど。
http://curara.bblog.jp/entry/255452/
ちょっと修正が必要かな。
このときには、竜馬の言葉が英を救ったのか?
よくわからなかったけど、英を救ったのは、
竜馬を自分が殺せなかったことであり、
自分を受け入れた竜馬の表情だったんだと今は思う。

だけれども、竜馬を殺せなかったことだけじゃない。
その前に、おつまさんそっくりの隣人を見て、
おみつそっくりの母親を見て、
英帝国のためには、彼らを殺すことも許されることに気付く。
肉親を殺すことのできない自分にすでに気付いていたと思う。

帰って来る飛行機の中でいっぱい考えたから、
書くことはいっぱいあるんだけど、
普通に片付けもしないといけないんで、
また明日。
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