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自己決定の原則

何日か前に書いた「狭き門」の話。
この話は、昨日書いた、宮尾先生の言葉「思うように行きなさい」となんら変わることのない真理だと思ってます。昨日は「思うままに生きることは、その生き方に責任を持つこと」と書きました。今日「宮尾登美子の世界」を購入しましたが、その本の中で松さんは「自分を信じて生きていくこと」としていました。ヒトラーのドラマを見た話も以前5月に書きましたが、そこでも「思うままに生きること」の重大さと困難さを感じたと書きました。全部、一緒です。

「狭い門から入りなさい。・・・」この節の解釈として、
「なんとかしなければならない状況がそこにあるのならば、たとえ自らも傷つき、相手も傷つけるかもしれないことであっても、そこに立ち入らなくてはならない。」と書きました。
この話は牧師さんの話なので、彼はそれがキリストから受けた使命、仕事なのです。

では、私はどうか。
昨日、私は「しりぞくことも、それが正しいと思うなら、すべきことだし、」
と書きました。私は、
「なんとかしなければならない状況がそこにある」と感じたら、
自分の信じる方法で、なんとか乗り越えようとします。
たまたま、その方法を誰かがやめてくれと言ったとしても、
自分が納得できなかったらやめません。
決して人の意見を聞かないということではありません。
人の意見でも納得できるのならば、聞きます。
なんとかしなければならない状況というのは、常に変化します。
だから、引く必要があると思ったら自分の判断で引く。
誰かが言ったから引くなんてことはしない。
私がしりぞいたならば、それは「しりぞくことがベストである」と思ったから。

私ね、「自己決定の原則」というのをとても大切に思ってるんです。
それは、他人に対しても、自分に対しても。
だから、相談されればアドバイスはするけれど、
決めるのはその人自身だと思ってる。
自分自身の判断で立てる人間でありたいし、どの人もそうあるべきだと思ってる。
決して強制したりはしない。迷ってる人に対して強めに言うことはある。
でも、決めるのは本人。

私が好きな「北風と太陽」の話も、「鞭と飴」の話ではなく、
「自己決定の原則」の話としてとらえています。
旅人がコートを脱いだのが、北風による強制ではなく、
太陽によって、自ら判断して脱いだことが大切。

そのことはずっと一貫してきたつもりなんだけどな。
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