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誰かのために生きる(サイゴンねたばれ)

松キムはなんとかしてでもタムとアメリカに行く気がする。
自殺しそうにない。こういう声を耳にします。

確かに、女優松たか子の持つ希望の灯が消えないところ、
それは、絶望とは対極にある。

でも、松キムは絶望して死んだのではないと思うのです。
自分の希望の灯をタムに託して、ある意味、幸せに死んだ。
理解されにくいのかも知れないけれど、
自分の死がタムを幸せにすることを信じて死んだのだと思ってます。

「おはつ」も心中する話だったけど、私は「どう生きたか」って話だと思った。
それと、あんまり変わらない気がするんです。
キムは、タムに未来をあげることで、自分の人生を生ききった。
その方法が、なぜ自殺なのかは、今までに何べんも書いたけど。
生きる必要がなくなったからだと思う。
誤解されるかも知れないなあ・・・・
一般的に死ぬ理由には、「生きていることが苦痛だから」が
もちろんあると思うけど、生きていることがどれだけ辛くても、
生きてきたのは、タムを幸せにしたいから。誰かのために生きる。

タムを信じるクリスに託して、もう生きている必要がなくなった。
トゥイを殺してからは、自分のために生きることは
考えなくなってたんじゃないかな。意識してたわけじゃないと思うけど。

逆にね、生きていることに何の意味も見出せなくても、
死ぬこともできないから生きるっていうのもあると思うんだよね。
それほど、生きることが辛くない国に生きているときには。
そうするとね、生きることの意味が軽い。
私、最近の安易な殺人は、人の命をすごく軽くみている殺人は、
生きていることに意味を見出せない、喜びを見出せない人たちが
自分の命も軽んじている人たちが、起こしているような気がする。
もちろん、いろいろだとは思うけどね。

そう思うと、キムには愛するタム守るべきタムがいて良かったなあ。
クリスを信じることができて良かったなあって思える。
おかしな感想だよね、たぶん。
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