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恐ろしいのは、善の誘惑

「コーカサスの白墨の輪」ネタバレしております。
アズダックの裁きの基準って
どちらがよりかわいそうか、どちらがよりそれを必要としているか、
ってところにあるのかな。
聖サンゾク様と山賊を聖人扱いするおばあさん。
彼女はある意味正しくはない。だけど、かわいそうだ。
おばあさんの言葉で話しているときは、
聖サンゾク様のおかげというけれど、
一度だけ仮面をとり心をのぞかせる。
「年老いた女が奇跡なしにどうやって生きられるというのか」
正確じゃないけど、こんな感じのセリフをはく。

アズダックの判決はある意味実に正しい。
本当にハムを必要としているのは老婆だから。

その理屈でいくと、
知事の妻ナデラは、土地・財産が奪われてかわいそう?
いえいえ、最初から持ちすぎてますから、
でも、無一文になるのはかわいそう?
それはちょっとかわいそうかな。
だって、台所女中のグルシャは子どもがいなくても
幸せになれるでしょ? シモンだっているし。

ん? でも、この裁判は土地・財産をどっちが得るかって話じゃないぞ。
この裁判の主役は、ミカエル、ちゃんと固有の名前を持ってる一人の子ども。
ミカエルが幸せになるのは、どっちだ?
それが最大の裁きの基準。

アズダックは法律や制度の前に、正しい気持ちに従う。
「正しい気持ち」 the goodness 善
それは、時として社会で楽に生きていくことを困難にする。
だけど、正しい気持ちに従うことは心地よい。それが人間。

“What's fearful is the seductive power of the goodness!”
「恐ろしいのは、善の誘惑」 

劇場で売っていたTシャツに書かれていた言葉です。
この言葉、劇中で使われていたのかな? 覚えてないけど。

善の誘惑は、グルシャにもアズダックにもあった。
彼らこそが、自分の本当の心に従った人間だから。
ミカエルの幸せは人間に育てられること。
グルシャはそう訴え、アズダックはそれを理解した。
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