スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

劇中劇と観客の参加

「コーカサスの白墨の輪」は参加型の演出方法が好評のようです。
ただ、その演出手法にはじめて触れたことの新鮮さや
単純にお芝居に自分も参加してきたという満足感が
その好評の多くを占めているようで、

その演出がブレヒトの戯曲を観客に伝える上で
どのような効果があったのかについての評価は
ほとんどみられませんでした。

昨日トラックバックしていただいた記事に上記の演出効果に
ついて触れているものがありました。
http://www.playnote.net/archives/000357.html
ブレヒトの演出論から串田氏の今回の演出をみておられます。
ブレヒトが目指したものと今回の串田氏の演出が正反対であることから、
ブレヒトという劇詩人への誤解を招くのではないかという危惧が
語られていました。ただ、この方は見られていないので、
感想だけでなく、批評も必要というにとどめられています。

私は2回観たので、実際に参加してみてどうだったかを、
考えてみたいと思います。

劇場の入口に立つスタッフが、すでに劇中の衣裳と同じ類のものを身につけ、
そこから、観客は物語の世界にいざなわれはじめます。
舞台と客席の境目には、木の棒が並べられているだけで、
役者たちも、そこらへんにウロウロとしているので、
観客はそこが自分たちの世界とは違う舞台の世界だとは感じません。

「コーカサスの白墨の輪」は劇中劇ですが、劇中劇を劇(A)中劇(B)とすると、
この開幕前の、役者が観客に話かけさえする劇場の雰囲気、
そこからそろそろはじめようかと、朝比奈さんと串田さんの掛け合いで
劇(A)がはじまっていくスタイルは、劇(A)の世界に観客も入り込んで
いるような感じです。

観客は劇(A)の世界の住人として取り込まれたまま、劇(B)一幕は進行し、
「ちょっと休憩しましょうか」というようなセリフの後、
幕間にはグルジアワインが広場の真ん中(舞台上)で売られる。
ちなみに、役者はほとんどが劇(A)の世界の住人と劇(B)の世界の住人を
兼ねていますが、朝比奈さんだけは、ずっと劇(A)の世界の住人のままです。

幕間の終了の頃、広場でワインを飲んでいた人たちは、
そのまま、「その場に座って!」と促されて、ニ幕はじめの青空裁判の
傍聴人?観衆?として参加します。私もこのときにその場に座りました。
劇(A)の観客であった私たちは劇(B)の観衆として見立てられたのでしょう。
劇(B)の世界に主体的に参加したのではなくて、装置の一部として、
劇(A)から劇(B)へと移行させる手法の一つとして、
観客は利用されたのだと思います。
一幕の最初とは違ったアプローチをとったのではないかと思います。

このときの私は、劇(B)の物語の世界にどっぷりと浸りこんで、
登場人物に感情移入するのとは、まったく逆の感情に支配されました。
物語の装置は、物語を追えなくなります。
私は役者ではありませんから物語の世界に入り込むこともできず、
ひたすら、演劇作品の一部に(装置として)参加している感覚でした。

役者の方は、観客を観衆に見立てて、毎回違った雰囲気となる
その青空裁判を楽しんでいたかも知れません。

外から観ていた人たちは、劇(B)の観衆に見立てられた私たちを
物語の一部のように捉えていたのか、それとも物語の世界とは異なる空間
と捉えていたのか、それはわかりません。

私がこのときに受けた感情は、
「セツアンの善人」で舞台上の客席に座ってみていたときとは、
まったく違うものでした。このときは、今回のコーカサスの前の方の席に
座ったときと同じような感じで、むしろ物語の世界に入り込めたんです。

串田さんが目指しているのは、観客を劇(A)の世界の住人として、
取り込むことではないでしょうか? それは劇(B)を楽しんでいる観客です。

だから、私は今回、串田さんがやった方法は、
意外なことに、ブレヒトが求めていた異化に近いんじゃないかと思いました。

最後のダンスは、2幕のはじめとは逆に、役者と作品そのものが
劇(B)から劇(A)へと戻ってくる役割を担っているのではないかと思いました。
ラストダンスは、劇(B)の延長のようですが、劇(B)に観客を取り込む効果は
ほとんどないと思います。
あまりのハッピーエンドに、照れがあって、あえてその説教臭さを
バカにするために、ダンスパーティーで誤魔化す。
観客は、単純に芝居に参加できて楽しかったという思いを抱く。
劇(B)の世界に観客が取り込まれているわけではない。
実際に、このラストダンス、私自身は参加していませんが、
むしろカーテンコールの前触れのような感覚さえ受けました。

私は演出論に詳しいわけではないので「批評」はできません。
ブレヒトの戯曲も演出論も串田さんの作品と演出論も知らないので、
「ブレヒトが聞いたら握り拳を震わせて怒りわななく」ことになるのかは、
本当のところわかりませんが、私が実際に参加してみて感じた「感想」
としては以上のようなことでした。

この芝居、劇(A)と劇(B)のどの部分で観客を参加させているのかを
みていくことが、演出手法を語ることになるのではないかと思います。

一観客の素人「感想」でした(^^;
スポンサーサイト

コメント

 

コメント

 
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

Powered by FC2 Blog

FC2Ad


Copyright © マツタコA All Rights Reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。