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ドン・キホーテの目覚めのシーン

早いなあ、もう明日帰らなきゃならない。

今回、名古屋の観光ってほとんど何もしなかったんだよね。
万博には行ったけど(^^;
そしたら、すごくゆったりとした時を過ごせました。
パソコンがあれば仕事も少しはできるので、
仕事もしてたんだけど、それでもゆったりできた。
明日のことに汲々しないでいられるってのはいいなあ。

さて、「ラ・マンチャの男」、思いっきりネタバレします。
アルドンサがドン・キホーテを目覚めさせようと来るシーン。
私の感じたことと友達の感じたことは大分違うようでした。

あのシーンの最初の頃のアルドンサはまだまだ半信半疑で、
ドン・キホーテにもういちどドルシネアと呼んでもらうために、あの家に行きます。
だから、ドン・キホーテの名前を思い出して欲しい。
なんとしてでももう一度ドルシネアと呼んでもらって
自分がドルシネアと呼ばれていいことを、ドルシネアであることを確認したい。
でもどこかに無理なんじゃないかという気持ちを抱えたままでもある。

だから、アロンソ・キハーナがまったく自分を思い出さないことで
追い出されそうになり、あきらめそうになる。
だけど、だけど、だけど、どうしてもあきらめきれない。
それは自分のため。思い出して欲しい。ドルシネアという正しき夢を。
カラスコ博士に引き離されて、ドン・キホーテの存在が遠くなりそうになっても、
周りの何者にも惑わされずにただ歌い続ける。ドルシネアという夢を。

あの歌い続けているとき、彼女はドン・キホーテに自分をドルシネアと
呼んで欲しいと思って、確信を得たいと思っているけれど、
それは、彼女が自分がドルシネアであることにすでに気づいているということ。
ドルシネアであることを、自分の力だけでは信じられないだけのこと。
彼女はドン・キホーテに会いたいのだ。

「ドルシネア」を歌うアルドンサはすでにドルシネア。だからこそ、
その歌声でアロンソ・キハーナはドン・キホーテの夢を思い出すことができる。
アルドンサは自分のためにあの家に行き、歌ったのだけれど、
それはアロンソにも奇跡を呼び起こした。

老人は死んだけれど、夢を信じることは受け継がれた。

この一連のシーンは、まだまだ歌の表現力はアップできるところでしょうね。
確信を得ていない不安感が支配しないといけないし、だけれども、
ドルシネアとしての確信もなければ、ドン・キホーテを目覚めさせることはできない。

その後の「見果てぬ夢」を歌いはじめるアルドンサ役の囚人が、
「勇気を持とう」と歌うのとは、明らかに違う心情。

まだはじまったばかりだけれど、
歌も動きもようやくなじんできた気がするので、
回を重ねていくと、どんどんよくなるかな。
やっぱり名鉄の千穐楽もチケット取ればよかったかなあ。
って、行きすぎやろ。さすがに、それは。
Comments

このシーン、ここを読むまでは違う様に考えていました。
でも、よく分からなくなったので、また、考えてみますが、
その後、アロンソが死んだ時、アルドンサが、
「男が死んだ。だけど、あたいの知らない人だった。」
って、言いますけど、これはどういう意味でしょうか?
知らない人ってどういう事なんだろう?
commented by key posted at 2005/05/05 00:5

keyさん、こんにちは。
私もよくわからないんですよね。
↓こちらにお返事しました。
http://curara.bblog.jp/entry/178343/
commented by 管理人 posted at 2005/05/06 07:06
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