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あきらめの果てのわずかな希望の灯

run awayの主題歌、もうすぐ聞けますね。
ところで、2001年に松さんは、みすゞさんを演じました。
その頃、確か・・・
「みすゞさんは、自分や周りの人の心を癒すために、詩を書いてたのでは」
って言ってたと思います。
このとき、「自分の心を癒すために」って言う言葉に
妙に納得したんですよ。

私がいくつかの彼女の詩を読んで感じたみすゞさんは、
深い深いあきらめの果てに、最後の最後に童謡をつくって
自分を表現することで,
わずかな希望を見出していた人。
深いあきらめの果てのあきらめきれない表現が
童謡だったように思うんです。

松さんが出演したドラマでは、
みすゞの死は、子どものためであるようだったけど。
実際のところはどうだったんだろう。
私は、みすゞは憤死したんじゃないかと
最初に2~3個詩を読んだ時に思ったんです。

何かを渇望しながら、どうしてもそれを得ることができなかった。
望みはしたけれど、現実に手に入れようとはせずに、
詩作の中でそれを得ようとした。
私、彼女は現実にあらがうことをあきらめ、
表現に逃げた部分があったのではとドラマを見る前には思ってました。

彼女が雪にも魚にも小鳥にもあらゆるものにやさしいのは、
彼女が同じ思いでいるからだと思います。
私はみすゞさんは、雪や魚や小鳥に代弁してもらっていたのだと思います。

表現って、思いを伝えるためにあるんですよね。私は、現代に生きている。
だから、何のために、誰のために、言葉を綴っているかを
明確にすることができる。
みすゞさんは、それを奪われて
抵抗しきれなかったのではないかと思いました。

でも、ドラマのみすゞさんは強かった。
松さん同様、希望の灯りが消えていなかった。
自らの死は、子どもの希望へとつながった。
私はドラマのみすゞさんも好きですが、
現実はそんなに強くなかったのかもと思ってます。

松さんは、今度の曲を逃げる彼のために書き、歌うのでしょう。
今日、ほんの少し聞いた曲には、やっぱり希望の灯が灯っていました。
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